「俺たちから見てても、このおばさんやるねえと思った」 「そんなに美しい方とは言わんけれども、英語できちんと話をし、外交官の手を借りずに自分でどんどん会うべき人に予約を取っちゃう」 【写真でみる】過去にもこんな面々が。失言者の顔ぶれ… 自民党の麻生太郎副総裁が講演で、上川陽子外相の容姿について語った言葉が波紋を呼んだ。
上川外相は、麻生氏の発言に対して「世の中には様々なご意見や、また、考え方があるということについては承知をしております。しかし、使命感を持って一意専心、緒方貞子さんのように脇目も振らず、着実に努力を重ねていく考えであります」とコメントした。
その後、麻生氏の事務所は、上川外相に対する発言を撤回するとのコメントを文書で発表したが、「ルッキズム」や「女性蔑視」に対する批判が集まり、上川外相に対してもなぜ反論しないのか、という声が上がった。
「上川外相が発言に言及しなかった背景には、閣僚にある彼女は麻生氏がいうところの『俺たち』の一員ではなく、『俺たち』の外に位置する人であり、『俺たちから見てもちゃんとやってる』と上から認められなければならない立場にいるのだと感じました」
こう語るのは、アメリカ・ハーバード大学に勤務する小児精神科医であり、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』の著者である内田舞さんだ。内田医師はこのように続ける。
「日本ではジェンダーについて語ると、『男だって大変な思いをしている』『女性ばかりが苦労しているわけではない』と発言されることが多いです。もちろん、男性も大変なことがあるのは紛れもない事実ですが、残念ながら男女のパワーバランスは均等であるとはいえません。これは政治の世界だけでなく、私が属する医学界でも近年の医学部入試の女性差別が露呈したように、完全な男性優位社会です。私自身もないがしろにされた経験がありました」
麻生発言で思い出したという医学生時代の出来事と、日本に根付いてしまっている無意識の差別について前後編で寄稿いただく。
医学部の学生時代に感じた男女のパワーバランス
私が日本の医学部に在学していたとき、その医学部では学年100人中、女性医学生はたった15人のみでした。同級生の男子学生からは「医師は力仕事だから女性には向かない」「女性の社会進出により日本は少子化問題が起こっているのだから、日本のためには女性は働くべきではない」「家庭を持つ夢があるなら、キャリアは諦めた方がいい」といった言葉を実際に言われたことがありました。
医学部を卒業する際に、成績の上位3名が表彰されたのですが、そのうち2人は女性でした。また、総合的にみて、15人しかいない女子医学生のほとんどは学業において上位を占めていました。しかし、そんなふうに成績の上位を占める女性たちが、教授や病院長を務めたり、それぞれの研究や臨床分野をリードする姿はなかなか想像できませんでしたし、周囲も女性にそういった期待を持っているとは思えませんでした。
「女子大生」としての役割を求められた
私が医学部にいたのは、今から約20年前の話ですが、当時医学部に入学すると先輩が新入生を風俗に連れ出し、その感想を翌日聞かされる、という隠れた習わしが存在していました。 また、同級生や先輩の中には、医師との結婚を目当てに女性にアプローチされることが多いと自慢したり、複数の女性と付き合うなど相手にリスペクトを感じられない武勇伝を頻繁に語ったりする人も多く、そういった人たちに囲まれる日常に不快感を抱いたり、モヤモヤとしたものを感じていました。
また、近隣の大学に通う女子大生が医学部の部活のマネージャーになることも多く、女子大生勧誘のため、という名目で頻繁に飲み会が行われていました。参加した女子大生から「実はあの医学部の部活の飲み会で胸を触られたり、キスをされたりして、嫌な思いをした」という話を聞くこともありました。女性たちの多くにも「医学生と付き合いたい」というはっきりとしたモチベーションがあったことは否めませんが、どんなに「付き合いたいと思われている存在」だったとしても、許可なく触ったり、キスするのは論外であって、バウンダリー(他者との境界線)を犯していい理由にはならないということを当時も考えていました。
求められる存在だから、相手の尊厳を無視していいわけではありません。 力がある存在だから、自分よりも弱い立場にある人を蔑ろにしていいわけではありません。
しかし、私が医学部にいた頃はもちろん、今は当時よりも改善されているとはいえ、“男女”という社会的な強者と弱者の間にこういったパワーバランスがあることがあまりに「普通」に存在し、それが当たり前と認識されている社会にいると、尊厳を蔑ろにしていることも、されていることも、気付けないことが多いのです。
気にしてません」と受け流す姉御肌が求められる
私が医学生だった頃、男性同士が話す男性ならではの武勇伝や風俗に行った話を、嫌な顔せずに聞いていられる女性、あるいは「もっと教えて」と興味を示す女性たちもいて、そういった女性たちは「姉御肌」という視点で重宝されました。しかし、私の知る限り、どちらのパターンの女性もその場をサバイブするために、仕方なくそのような態度を装い、本音としては「そうでもしないと……」と、とても無理をしている方が多かったです。
実は嫌なのに、その場で強者である「俺たち」のコミュニティに少しでも受け入れてもらうためには、「俺たち」の楽しみを崩さない態度を見せなければならなかったのです。私は、正面から「俺たち」の女性へのリスペクトのなさを唱えたため、「俺たち」から疎まれる存在でした。
今回、上川外相が「私は気にしていません」と発言しました。国を代表する立場にある外務大臣の発言であることから、この「気にしていません」という発言に対して大きな批判がありました。日本のジェンダーギャップを考えるならば批判をしたほうがよかったのではないか、という声も上がりました。また、「上川外相本人が気にしていないならいいじゃないか」と麻生氏の発言を擁護する声も多く上がりました。
でも、考えてみてください。「美しくないおばさん」と言われてまったく気にならない人はなかなか存在しないと思うのです。「あまりにバカバカしい発言すぎて気にする必要もない」「彼女は賢く理性的だから怒らなかった」という意見もありますが、本当にそれだけなのでしょうか。彼女が生きる世界では、「気にしています」と言っては、外相のポジションが回ってこなかったのだろう、これからも「俺たち」に囲まれて職務をこなすためには、「そうするしかなかった」状況にあったことが容易に想像できます。
「ガスライティング」されやすい社会
心理学でも使われる言葉で、「ガスライティング」と呼ばれるものがあります。 「ガスライティング」とは、実は被害者であるにもかかわらず、その被害が自分の責任であるかのように感じさせられてしまう心理手法のことで、DVや虐待、いじめなどの人間関係において頻繁に使われるものです。いじめられて悲しんでいる人が「センシティブすぎる」「そんなことも耐えられないなんて弱い人」と批判を受けたり、あるいは加害者から加害行為に対して「冗談だよ」と軽く扱われたりすることなどが、このガスライティングにあたります。
男性優位社会では、女性が不満を唱えたり、不平や被害を告発すると、「流せないなんて大人げない」「フェミニストは怒ってばっかり」「自分で選んでその立場についたんでしょ?」と、被害を受けた側の女性がまるで悪いような言い方をされることがよくあります。
問題発言により揶揄され、実際には本人にとって気になることをされていても、「気にしていない」「大したことはない」と言わなければならない状況こそが問題なのです。「本人が気にしていないからOK」ではないのです。今回、上川外相自身が反論しなかったことで、「それが容易にできない社会である」ということがはっきりと浮き彫りになったとも言えるわけです。
◇続く後編では、内田さんに今回の麻生氏の発言の根底に見える差別や偏見、「マイクロアグレッション」について伝えていただく。
内田 舞(医師)