記憶力(2024年2月12日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 「記憶力の悪い老人」扱いされたら誰だってたまらない。81歳のバイデン米大統領は機密文書持ち出しで検察の訴追を免れたものの、その理由に記憶の衰えを挙げられた
 
▼政治生命に関わると思ったか、「私の記憶力は大丈夫だ」と反論した。とはいえ、大胆な言い間違えが相次ぐ。フランスのマクロン大統領をミッテラン(元大統領)と言ったり、ドイツのメルケル前首相をコール(元首相)としたり。キシダ首相もそのうちヨシダ、キシなどと呼ばれるかもしれない
 
▼記憶に難のある人は、首相の傍らにもいる。盛山正仁文科相は国会答弁で旧統一教会側からの推薦状を巡り、「記憶がない」から「うすうす思い出してきた」へ。推薦確認書には「軽率にサインした」を改め「記憶が全くない」に
 
▼記憶力の衰えというより、忘れたい記憶なのだろう。しっかり調べれば答えられると思えるが、それを怠る。教団の解散手続きを進める立場にあって、関係を追及されて苦し紛れに言い繕う。首相は「職責を果たしてもらいたい」でいいのか
 
吉田茂岸信介が首相を務めた昭和の時代、落語の名人と呼ばれた先代桂文楽の引き際は潔かった。得意の演目で登場人物の名前を思い出せずに「もう一度、勉強し直してまいります」。記憶と言葉の重みが伝わってくる
 
▼国会はいわば政治の高座。国民にきちんと言葉を届けるためにある。文科相は勉強し直そう。適材適所で任じたという大臣の更迭を繰り返してきたというのに、岸田さんの記憶力は大丈夫か。