斎藤元彦はなぜ再選されたのか 「情報の空白」期、立花孝志参戦後に起こっていたこと【2024年を振り返る】(2024年12月30日『AERA dot.』)

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兵庫県知事就任会見で話す斎藤元彦県知事=2024年11月19日
 2024年兵庫県知事選には、さまざまな争点がありました。パワハラやおねだりはあったのか、公益通報者保護法違反の疑い、百条委員会の調査は適正か、そして、選挙後も続く公職選挙法違反の疑い――。しかし、選挙の流れを決定づけたのは、個々の争点というよりもSNSや動画など「ソーシャルメディア」の威力でした。そして、マスメディアは選挙後もその結果に苦悩しています。
ソーシャルメディアが変えた選挙の「語り口」とは
 今回の選挙はもともと、パワハラなどの疑惑や告発者を調査し、処分を出した後に告発者が自殺したことで、斎藤元彦・兵庫県知事への批判が高まり、県議会が不信任決議を全会一致で可決したことによるものでした。
 テレビは連日、「パワハラ・おねだり疑惑」「公益通報者保護法違反疑い」など斎藤知事を批判的に取り上げ、神戸新聞社とJX通信社の7月の世論調査では支持率は15.2%。斎藤氏の再選は不可能とみられていました。
 しかし、政治団体NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏の参戦で状況は変わります。「自分の当選は考えていない。選挙運動をしながら、合法的に斎藤氏をサポートをしたい」と述べて立候補した立花氏は「職員の自殺は不倫をバラされるのが嫌だったから」「斎藤知事はパワハラなど」していない」など、選挙演説や自身のYouTubeで繰り返しました。
 パワハラなどの疑惑を調査する兵庫県議会の百条委員会は都合の悪いデータを隠している。斎藤知事をおとしめるためで、メディアも一役買っている。立花氏の主張は「マスメディアを含む既得権益層VSおとしめられた斎藤知事をソーシャルメディアで支える我々」という構図になっていました。
 2024年11月14日配信の立花氏による動画「テレビとネットの戦い 正義vs悪 真実vsデマ 正直者がバカみない日本へ兵庫県知事選挙」がそれを顕著に示しています。これらの動画は本人のアカウントだけでなく、引用されたり、ショート動画に転用されたりして拡散しました。
パワハラ・おねだりをし、告発者を自殺に追い込んだ斎藤前知事」から「無実の罪を着せられた斎藤知事」へ。ソーシャルメディア上での選挙の語られ方は急激に変化していきました。ある物語がどのように語られるのか。これを「ナラティブ」といいます。直訳では「物語」ですが、たんなる事実の羅列の「ストーリー」ではなく、そこに物語の話者の視点が加わります。
 ソーシャルメディアで、それまでの新聞やテレビになかった「ナラティブ」を見聞きした人たちは、この新しい語り口を受け入れていきました。
■選挙における「情報の空白」を埋めた
 なぜ、人々は新たなナラティブを受け入れたのか。考えるべきは「情報の空白」の存在です。
 選挙戦が始まると、新聞やテレビからは個別の候補に関する情報が減ります。公平性を重んじ、特定の候補が有利・不利になるような情報発信を控えるためです。
 確かにテレビには放送法4条の「政治的公平性」、新聞も公職選挙法148条の「選挙の公正を害してはならない」という規定はあります。しかし、これらは報道自体を抑制せよというものではなく、事実の歪曲や虚偽報道を抑えるためのものです。
 ところが現実には、選挙戦が始まり、有権者がまさに候補者に関する情報を必要とするタイミングで、具体的な報道が減ってしまう。その「情報の空白」を埋めたのがソーシャルメディアでした。
 YouTubeだけを見ても、選挙戦が始まるまでは、民放各局のアカウントの動画がよく見られています。しかし、選挙の告示から投開票日という最も重要なタイミングで、民放アカウントの発信は弱まり、立花氏のようなインフルエンサーや独立系メディアの動画が見られるようになります。
 選挙期間中にGoogleYouTubeTikTokなどで関連する情報を検索してみれば、その傾向は明白です。NHK出口調査によると、今回の投票の参考にした情報として「SNSや動画サイト」が30%で、「新聞」や「テレビ」の各24%を超えました。
 投票率は55.65%で、斎藤氏が初当選した2021年の前回選挙を14.55ポイント上回りました。注目を集めて盛り上がる中で、ソーシャルメディアで選挙関連の情報を検索した人は多いでしょう。そのときにどのような情報をより多く目にしたか。「SNSや動画サイトを参考にする」というのは、有権者にとって情報の空白を埋める合理的な判断だったといえるのではないでしょうか。
■情報の権威の交代
 ソーシャルメディアの影響力拡大は不可逆的な変化です。日本に関していえば、むしろ遅すぎたともいえるでしょう。
 アメリカではまだ新参の候補者だったバラク・オバマ氏が勝った2008年の大統領選はフェイスブックの活用に注目が集まり、すぐにソーシャルメディアが選挙戦で重要な位置を占めるようになりました。大統領選で2016年のドナルド・トランプ氏が勝利した際には、「フェイクニュース」が伝統的な大手メディアの発信以上に広がる状況に世界が驚愕しました。
 トランプ氏が再選された2024年の大統領選では、フェイスブック、X、YouTubeInstagramPodcastなどあらゆるソーシャルメディアで選挙情報が飛び交っており、日本もそうなることは間違いありません。
 歴史的に見れば、新しいテクノロジーの誕生とともに、情報の流通を握る「情報の権威」は交代してきました。中世までの口コミ中心の時代から、活版印刷術によって紙に印刷された文字情報の大量流通が可能になり、印刷インフラを持った出版社・新聞社が情報の権威となりました。
 ラジオ、テレビと人々の情報消費の中心は移り変わり、いまはインターネット、とくに人々が双方向につながり合い、誰でも投稿できるソーシャルメディアがその中心となっています。
 博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2024」を見ると、2014年は1日あたりのメディア総接触時間は385.6分でテレビ156.9分、新聞23.4分、携帯/スマホ74.0分ですが、2024年はメディア総接触時間432.7分、テレビ122.5分、新聞9.2分にまで減る一方、携帯/スマホ161.7分と倍以上に増えています。
 いつでもどこでもすぐに見られる。自分の撮影した写真や動画をすぐにアップできて、位置情報とも同期できる。生成AIで複雑なビジュアルも簡単に製作できるようになり、便利になる一方のソーシャルメディアは今後も拡大を続けるでしょう。
■調和のある情報空間を築くために
 便利なソーシャルメディアですが、偽情報・誤情報が大量に拡散し、誹謗中傷が広がり、社会の分断が深まる場でもあります。私は日本ファクトチェックセンターの編集長をしていますが、たんに誤っている情報を検証(ファクトチェック)すれば、状況が改善されるというものではありません。
 国連やG20では「インフォメーション・インテグリティー」の重要性が叫ばれています。日本語に直訳すると「情報の誠実性」「情報の公正性」などとされますが、しっくりきません。
 国連はインテグリティーのある情報空間について、5つのポイントを挙げています。「社会的信頼性とレジリエンス(強靱性)」「健全なインセンティブ」「人々のエンパワーメント」「独立した自由で多元的なメディア」「透明性と研究」です。
 これらを通じて保障される「調和のある情報空間」こそがインフォメーション・インテグリティーの本質でしょう。実現のためには4つ目のポイントである「独立した自由で多元的なメディア」の存在は不可欠であり、「情報の権威」がソーシャルメディアに移ったとしても、専業のジャーナリストや報道機関の存在意義がなくなるわけではありません。
 むしろ、果たすべき役割はさらに大きくなったといえるでしょう。
(日本ファクトチェックセンター編集長・古田大輔)