アウシュヴィッツから生還…虐殺から逃れ、人生を全うした生存者が残した作品(レビュー)(2024年12月25日『Book Bang』)

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移送される父を追い、自らアウシュヴィッツ行きを志願した息子。引き裂かれる6人の家族、それぞれの運命、
そして、すべてを乗り越える親子の絆。
デビュー作『飛蝗の農場』で華々しいデビューを果たしながら、長く表舞台から消えていた著者が、ノンフィクション作家として復活。世界的ベストセラーともなった本書を、ドロンフィールドのミステリ作品も手がけた翻訳者・越前敏弥が、鮮烈な日本語に。人間の生きる力に心震える、奇跡の実話! 第二次世界大戦終結から来年(二〇二五年)で八十年が経つ。記憶を持つ者は居なくなり記録のみが残る。日本でもヨーロッパでもそれは変わらない。
 ナチス・ドイツ軍が行ったユダヤ人に対するホロコーストも同じだ。虐殺から逃れた人たちも高齢化し、直接の証言を得る時間はほとんど残されていない。
 悪名高きアウシュヴィッツから生還した者は少ないが彼らは多くの証言を残してきた。今年、人生を全うした生存者が残した歴史的なノンフィクションが日本で出版された。
アウシュヴィッツの父と息子に』(河出書房新社)の作者がジェレミー・ドロンフィールドと聞いてピンと来たなら相当な海外ミステリー通だ。デビュー作『飛蝗の農場』は「このミステリーがすごい!」2003年海外部門で一位となった。その後歴史ノンフィクション作家に転身し、本作が初の単著となる。
 ウィーンの椅子職人でユダヤ人のグスタフ・クラインマンは息子のフリッツとともにナチス・ドイツオーストリア併合により拘束され、強制収容が始まった一九三九年から四五年まで複数の収容所を経て生還した稀有な存在である。さらに驚かされるのは、グスタフはこの間、詳細な日記をつけ続け隠し持っていたことだ。息子のフリッツも戦後に回顧録を残している。ドロンフィールドはこの記録とともに拘束されなかったクラインマン家の他の家族の動向を膨大な記録の中から探し当て、物語を構築した。
 二人が生き延びたのは強靭な肉体と生への強烈な闘志があったからだが、さらに手先が非常に器用で頭の回転が速く状況を察知する能力に長けていたからだ。だが所詮最後に明暗を分けたのは、運だったのだと思う。
 貴重なホロコーストの記録であるとともに、父子の絆の物語でもある。互いに支え合い、息子は父を見捨てなかった。最終ページにある二人の写真は微笑んでいる。
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『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター,デクスター・フォード,大沢章子[著]
生きるために与えられたのは、馬の命を守る仕事だった。
死と隣り合わせの過酷な労働を乗り越え、人間が失いうるほぼすべてのものを失いながらも、3つの強制収容所を生きのびた少年の奇跡の物語。
12の言語に翻訳。感動の実話!
 
ドイツ生まれのユダヤ人少年の幸せな日々は、突然終わりを告げた。ゲットーへの「再定住」と父の死。強制収容所への移送と母の死。死があまりに身近な場所で、人間が失うことのできるほとんどすべてのものを失いながらも、運と知恵を頼りに少年は生き抜いた。移送された2011人のほぼ最後の生き残りとして、なお寛容を語った魂の記録。『アウシュヴィッツの小さな厩番』(新潮社)は目に問題を抱えるデクスター・フォードがヘンリー・オースター博士に出会い、彼の腕にあるB7648というタトゥーに気づいたことがきっかけであった。
 ヘンリーことハインツ・アドルフ・オースターはドイツのケルンでユダヤ人のデパート経営者の息子として生まれた。小学生のころから迫害が始まり、両親とともに拘束される。父は餓死し、母とも別れさせられた。消息はわからない。どこに連れていかれても選別される。生と死を分けるのはナチス兵士の気まぐれだ。オースターが生き残ったのは、反逆できるほど大人でなく、仕事をさせられる年頃の子どもだったからだ。馬の世話を任される場面は少しだけ和まされる。
 クラインマン父子とオースターは同時期にアウシュヴィッツに居たことになる。戦争ではどんな小説より残虐なことが行われている。いま現在も、多分。
[レビュアー]東えりか(書評家・HONZ副代表)
千葉県生まれ。書評家。「小説すばる」「週刊新潮」「ミステリマガジン」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。
協力:新潮社 新潮社 小説新潮
 Book Bang編集部