(2024年10月20日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽海外では「モロトフ・カクテル」と呼ばれたりしている。一説には1930年代のスペインが発祥。手近な材料で作ることができ、その“レシピ”は世界中に拡散した。といっても酔える酒ではない。火炎瓶のことだ。
▼▽初めて使われたスペイン内戦で次々と戦車を破壊し、威力が知れ渡った。今では、近代的な武器を持たない側の、抵抗の手段というイメージか。ただし、危険な武器であることに変わりはない。国内ではかつて、過激派が投じた火炎瓶で警察官が死亡する事件も起きている。
▼▽昨日早朝のニュース速報に慄然(りつぜん)とした。東京の自民党本部に、男が火炎瓶とみられるものを投げ付け、軽ワゴン車で首相官邸に突入を図った事件である。車内には灯油などを入れるポリタンクが複数あった。詳細はまだ不明だが、極めて凶悪な犯行であることは間違いない。
▼▽何より動機の解明が待たれる。折しも衆院選のさなか。安倍晋三元首相が銃撃されて亡くなったのも、岸田文雄前首相が爆発物で狙われたのも、選挙期間中だった。今回の凶行の背景に政治的思想があろうとなかろうと、火炎瓶は民主主義そのものに向けて投じられたのだ。
衆院選のさなかに、政党の中枢が襲われた。民主政治の根幹を揺るがすような暴力は許されない。
東京・永田町の自民党本部に火炎瓶が投げ込まれ、警備中の警察車両などが焼けた。
車の中には10個ほどのポリタンク、火炎瓶や発煙筒のようなものなどが積まれていた。
男性は調べに黙秘しているという。かつて原発再稼働に反対する活動に関わったとされる。国政選挙への出馬を考え、供託金に不満を抱いたこともあるという。
警視庁は捜査を尽くし、全容を解明する必要がある。
近年、選挙期間中に政治家が襲われる事件が続く。
米国でも今年7月、大統領選に向けた屋外の集会で演説していたトランプ前大統領が銃撃され、負傷した。その後も襲撃未遂事件が起きている。
主義や意見の対立があっても、議論を重ねて物事を決めていくのが民主政治だ。その根幹をなすのが選挙である。言論を暴力で封じるような行為が横行すれば、民主主義の破壊につながる。
安倍氏や岸田氏の事件後、警察は要人警護や選挙活動の警備を強化してきた。警察庁は今回、改めて警戒警備の徹底を全国の警察に指示した。ただ、候補者の主張を有権者が直接聞く機会が過剰に制約されないよう、バランスを取る必要がある。
衆院選は投開票日まで1週間を残す。日本の政治を誰に託すべきか、国民が判断する機会が守られなければならない。
自由な言論を卑劣な暴力で封じるような行為は、断じて許されない。
現職の首相や経験者を標的にした事件が相次ぐ事態に強い憤りを覚える。米国ではことし、トランプ前大統領が2度も銃撃された。民主主義をないがしろにする風潮が強まっているとすれば、何としてもたださねばならない。
今回は埼玉県に住む49歳の男が現行犯逮捕された。防護柵に突っ込んだ後に車を降りて発煙筒のようなものを警察官に投げた疑いだ。車内には燃えた跡が残り、複数のポリタンクもあったという。一歩間違えば、多くの犠牲が出ていた恐れも否めない。
動機の追及はこれからだが、どんな理由であれ許されるはずはない。背景まで徹底して解明してもらいたい。
石破首相は事件後に鹿児島県内で街頭演説し、「民主主義が暴力に屈することは絶対にあってはならない」と述べた。衆院選に関わる全ての人に共通する思いだろう。
深刻なのは、民主主義の根幹である国政選挙中に襲撃事件が続いていることだ。
国政選挙は、政党や候補者が主義・政策の違いを言論で訴え、より多くの国民の支持を競う。政治家や政党の主張が自分とは異なるからといって、暴力や脅迫で訴えるなど言語道断である。
今回の事件に当てはまるかは不明だが、近年は単独でテロを実行する「ローンオフェンダー」が問題視されている。事件の前兆把握が難しく、未然に防ぎづらいのが特徴だ。政党関係施設や要人の警備・警護と併せ、効果的な対策を検討してもらいたい。
安倍元首相の銃撃事件をきっかけに自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の癒着が表面化したことで、ネットや交流サイト(SNS)の一部には容疑者を擁護する言説も見られる。犯罪を肯定することなどあってはならない。極めて危険な考えだ。
世界を見渡せば、言論や対話の危機はトランプ氏の銃撃事件にとどまらない。中東では、敵対する国や組織のトップ殺害を誇るニュースが連日のように伝わる。わが国の政治を、そんな混迷に陥らせるわけにはいかない。
衆院選は残り1週間。暴力で選挙がゆがめられることはないと、証明する必要がある。むろん今まで以上の警備や警護の引き締めも求められる。各党、各候補者はひるむことなく、最後まで論戦に力を尽くさねばならない。