石破下ろしの号砲「国賊解散」当落予想…慶應幼稚舎vs中卒フリーター、二階vs世耕「ヤバすぎる選挙区」(2024年10月15日『みんかぶマガジン』)

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 石破茂首相(自民党総裁)は戦後最短となる就任8日後に衆院を解散し、立候補予定者たちは10月27日の投開票に向け奔走している。石破氏は「日本創生解散」と表現しているのだが、総選挙の主要テーマは紛れもなく「政治の信頼回復」だ。自民党は派閥の政治資金パーティーをめぐる不記載問題に関係した計12人を非公認にするなど、「政治とカネ」問題の決着を急ぎたい考えだが、有権者はどのような判断を下すのか。結果次第では石破下ろしが本格化する。選挙分析に定評がある経済アナリストの佐藤健太氏が注目選挙区を解説する。
予測するのが極めて難しい今回の選挙
 2021年の前回衆院選から3年、今度の総選挙は従来とは比べものにならないほど予想するのは難しい。まず、「1票の格差」是正のため25都道府県・140選挙区で区割りが改定された。小選挙区の「10増10減」によって東京の定数は5増となり、神奈川は2増、埼玉・千葉・愛知も1増になる。逆に宮城や福島、和歌山、岡山など10県は1減だ。新たな区割りで実施される今回の選挙は「それぞれの『守備範囲』が変わり、票の出方が見えにくい」(全国紙政治部記者)とされ、選挙区調整や「国替え」を余儀なくされた候補者もいる。
 加えて、政権与党である自民党には派閥パーティー収入の不記載問題が直撃した。各種調査でも世論の厳しい視線は変わっておらず、それがどこまで投票行動に結びつくのか読み切れないところがある。さらに9月の自民党総裁選で勝利した石破首相は10月9日の衆院解散直前に12人の「非公認」を決定。問題に関与した議員には比例重複立候補を認めず、やむなく無所属での出馬を選ぶ前議員もいる。
石破内閣発足直後の支持率は異例とも言えるほど低い
 自民党公認候補であれば、政見放送ができたり、公営掲示板以外にも政治活動ポスターの掲示が可能だったりとメリットは多々あるが、無所属での立候補者にはそれらがない。「比例重複」ではない候補者は選挙区で敗れれば、落選となる。このため、衆院東京6区に出馬予定だった越智隆雄内閣府副大臣のように不出馬を表明する人も現われた。「空白区」が生じれば、自民党にとっては比例票が減少することを意味する。
 石破首相は就任直後の「ご祝儀相場」を狙い、早期解散を断行した。だが、内閣発足直後の支持率は異例とも言えるほど低く、新聞・テレビや週刊誌などは衆院選シミュレーションを重ねるが、現時点でどうなるのかは予測不能と言えるだろう。
和歌山の激戦!世耕vs二階
 その中で今回、注目したいのは3選挙区だ。まず、1つ目は衆院和歌山2区。これまで和歌山は3つの選挙区があったが、区割り変更で2つになった。自民党は歴代最長の幹事長を務めた二階俊博氏が今期で引退し、三男の伸康氏を擁立する。4月に県町村会が出馬を要請しており、6月の党県連役員会で満場一致で決まった。
 父親である二階元幹事長がお膝元で発揮する影響力はいまだ残っており、各種団体からの支援も期待されるところだ。伸康氏の対抗馬となるのは、安倍晋三元首相の側近として経済産業相自民党参院幹事長などを歴任した世耕弘成氏だ。世耕氏は自民党最大派閥だった「清和政策研究会」(安倍派)の幹部の1人で、政治資金パーティーをめぐる裏金問題では自らも1542万円のキックバックを受け取っていた。政治資金規正法違反容疑などで告発されたものの、のちに不起訴になっている。
 ただ、自民党は4月に「離党勧告」処分を決定し、世耕氏は自民党を離れた。かねてから「将来の宰相」に強い意欲を示しており、無所属で“二階ブランド”に挑む。保守分裂選挙に頭を抱える自民党県連幹部によれば、世耕氏は「2区は自分のルーツだ」などと譲らなかったという。世耕氏は「戦車に竹槍で向かっていくような選挙だ」と語っているが、祖父が創立した近畿大学の理事長を務めており、抜群の知名度は二階父子にとって脅威だ。
どちらが勝つにしても和歌山は『10年戦争』に
 和歌山選出の閣僚経験者は「どちらが勝つにしても和歌山は『10年戦争』になる。禍根が残らないよう戦って欲しいが、それは無理だろう」と漏らす。「週刊ポスト」(10月25日号)のシミュレーションによれば、和歌山2区は伸康氏が「▲」、世耕氏が「△」。「週刊文春」(10月10日号)では二階氏が「C-」、世耕氏が「C+」と判定されている。
 和歌山2区には、立憲民主党が新古祐子氏、共産党が楠本文郎氏を擁立予定だ。
 2つ目の注目選挙区は、衆院東京21区。旧安倍派に所属した小田原潔元外務副大臣は「不記載額1240万円」で、4月に党役職停止6カ月の処分を受けた。さらに今回の石破首相による方針によって急遽「非公認」となり、無所属での戦いを余儀なくされる。
石破首相の『旧安倍派潰し』の標的になった
 2021年の前回衆院選は、小田原氏が11万2433票を獲得し、立憲民主党大河原雅子氏を退けた。だが、これまで当選4回のうち、比例での復活は2回ある。大河原氏は都議会議員を3期、参院議員(東京)を1期務め、2017年の衆院北関東比例ブロックで当選。2019年から東京21区総支部長に就任し、2021年に2期目(東京比例ブロック)の議員バッジをつけた。政界引退を表明した同党の菅直人元首相に近く、知名度も決して低くない。
 思わぬ「非公認」から無所属での出馬を余儀なくされた小田原氏は、毎日新聞の10月9日の取材に「無所属で出ても、当選したら自民党(の会派)へ行くよ。もちろん党員だから」と冷静に受けとめている。ただ、追加で非公認となった6人はいずれも旧安倍派の中堅議員だ。自民党内では「石破首相の『旧安倍派潰し』の標的になった」(自民党中堅)との声も尽きない。
 小田原氏は9月の自民党総裁選で、国家観や経済政策などが近い高市早苗経済安全保障相を支援した。だが、高市氏は決選投票で石破氏に敗れ、旧安倍派は入閣組が不在など「冷や飯」状態にある。10月8日には地元・日野市に総裁選に立候補した小林鷹之元経済安保相が応援に駆けつけ、「ジャパンアズナンバーワン、世界の真ん中に日本を立たせるために小田原さんとともに仕事をさせていただきたい」と声を張り上げた。
 週刊ポストのシミュレーションによれば、東京21区は小田原氏と立憲民主党大河原雅子氏が「△」で並ぶ。週刊文春は小田原氏が「C+」、大河原氏が「C-」と分析している。ただ、これは「非公認」となる前の話だ。21区には日本維新の会新人の山下容子氏も出馬する予定で、自民党公認候補が不在の選挙区でどのような結果が出るのか注目と言える。
 3つ目の注目選挙区は、衆院東京30区だ。自民党公認は石破政権で国家安全保障担当の首相補佐官に抜擢された長島昭久氏だ。政界有数の「安全保障政策通」として将来を嘱望される1人で、高い知名度と幅広い人脈で8回目の当選を狙う。
 なぜ東京30区が注目なのかと言えば、それは前回衆院選からの延長線上にある「戦」と見えるからだ。2019年に自民党に入党した長島氏は、地元である東京21区に小田原氏がいたため選挙区の変更を求められた。新たな選挙区は東京18区だ。立憲民主党菅直人元首相と自民党土屋正忠武蔵野市長が「土菅戦争」と呼ばれるほど激しい選挙戦を繰り広げる選挙区で、長島氏は新たな区域で首相経験者に挑んだ。
慶應幼稚舎長島昭久vs中卒フリーター
 2021年衆院選の際は、菅氏が「東京21区の有権者を見捨て、なぜ18区に移ったのか」などと批判を繰り返し、「よそ者」扱いのイメージ戦略で議席を死守した。長島氏は惜敗率94.91%まで迫ったが、惜しくも比例復活という涙を飲んでいる。
 区割り変更に伴い長島氏は今回、東京30区での出馬となる。府中市稲城市・多摩市が“戦場”で、対抗馬は立憲民主党の五十嵐衣里氏だ。注目ポイントは、五十嵐氏は2021年7月の東京都議選で初当選したばかりであるということだ。来年夏の都議選で再選を目指すとみられていたのだが、10月4日に任期途中で都議を辞職。今度は立憲民主党公認候補として長島氏と衆院選で戦う。
 五十嵐氏は3年前の都議選に武蔵野市選挙区から立候補しており、東京30区に移ることは「国替え」だ。全国紙政治部記者が解説する。「菅元首相の政界引退に伴い、五十嵐氏は『後継指名』を期待していたが、後継者に名乗りをあげたのは松下玲子元武蔵野市長だった。そのため、新しい選挙区である30区に出ることになったのだろうが、地元からは複雑な声も聞こえてくる」。
 公式サイトなどによると、五十嵐氏は1984年に愛知県に生まれた。中学生の時に不登校となり、高校には通わず「中卒フリーター」として働いたという。トラック運転手などを経験し、高卒認定資格を取得後に24歳で静岡大学夜間主コースに入学。名古屋大学法科大学院2年コースを修了し、その後は立憲民主党小西洋之参院議員の政策担当秘書も務めている。
 立憲民主党の公式サイトが2021年6月25日に配信したインタビュー記事によれば、五十嵐氏は「自分が『ドロップアウト』した経験から、多様な教育の場を作っていきたいです」などと抱負を語っている。
 慶應幼稚舎から慶應の一貫教育を受け、慶大法学部を卒業し、同大学院・米国ジョンズ・ホプキンス大学大学院を修了した長島氏サイドからすれば、「武蔵野市有権者を約3年で見捨て、なぜ30区に移ったのか」とでも言い返したくなるだろうが、そこは大人の対応といったところだろうか。
 ちなみに、菅元首相の「後継」となる松下氏は武蔵野市長時代、18歳以上の外国人に投票権を認める住民投票条例案を市議会に提出。自民党系会派などが反対し、2021年12月の市議会で否決された。市長辞職に伴い2023年12月に行われた武蔵野市長選では自民、公明両党が推薦する元市議の小美濃安弘氏が勝利。土屋氏以来、18年ぶりに自民系市長が誕生している。
石破茂が考える勝敗ライン
 自民党の「政治とカネ」問題とは本来、無縁の長島氏を待ち構えているのは逆風か、それとも追い風か。武蔵野市から移る五十嵐氏は、念願の国政転出を果たすことができるのか。「週刊ポスト」のシミュレーションによれば、東京30区は長島氏が「△」で、五十嵐氏は「▲」。週刊文春は長島氏を「C+」、五十嵐氏は「C-」としている。
 石破首相が「日本創生解散」と名付け、就任早々から仕掛けた今回の衆院選。首相は勝敗ラインを「自民党公明党過半数」との認識を示す。解散時勢力は自民が256議席、公明は32議席で、定数が465であることを考えれば自民党への逆風はいまだ止んでいないとの危機感だろう。立憲民主党は解散時に98議席と少ないが、各種調査では「政治とカネ」問題が追い風になるとも予想されている。
 各党・各候補者とも事実上の選挙戦に突入する中、有権者はいかなる審判を下すのか。波乱含みの総選挙から目が離せない。