総裁選でも新政権でも議論されない“日本の急所” ダウンサイジングしなければ破綻する(2024年10月14日『デイリー新潮』)

金利を上げたくない意味

 過去最多の9人が立候補した自民党総裁選では、アベノミクスの「第2の矢」とされた財政出動を、積極的に行うべきだと主張する候補が目立った。高市早苗氏を筆頭に、茂木敏充氏や加藤勝信氏にも積極財政志向が見受けられた。小林鷹之氏も財務省出身でありながら、積極財政に傾いていた。

【写真】「わぁ、こんなにきれいな人がこの世にいるのか!」 慶大時代、妻・佳子さんにひとめぼれしたという

 だが、いまの日本が財政を積極的に出動できる状況にあるのか、と問いたい。日本の債務残高はGDP国内総生産)の2倍を超え、世界で最悪の状況だとされる。そんな状況に無頓着でいられるのは、これまで金利がないに等しかったからである。

 積極財政を主張する人たちも、むろん、低金利を前提にしている。現在、日本は「ゼロ金利」から「金利のある世界」に戻ったといわれるが、それでも日本の金利は、欧米諸国にくらべればないに等しい。積極財政策とは必然的に、こうして金利が低いことを前提に、国債をどんどん発行して債務残高をさらに増やすこととイコールだ、といえる。

 金利が上がれば、積み上がった国債の利払いが激増し、あらたに財政を積極出動する余裕がなくなるばかりか、利払いのために財政が大きく制約されてしまう。だから高市氏は、アベノミクスの「第2の矢」を継続して放てる環境を維持するために、日本銀行の金融政策について「金利をいま上げるのはアホやと思う」と発言したのだろう。

 しかし、これ以上の借金に日本が耐えられるとは到底思えない。

 もともとの主張は、積極財政と対極の財政健全化である石破茂氏も、総理になってからは、その主張を押し出していない。むしろ、利上げが予測されると株価が下がることを懸念してか、「個人的には現在、追加の利上げをするような環境にあるとは思っていません」と述べた。それでいいのだろうか。

 日本が利上げせず、欧米の金利差が開いたままだと、円安を修正できない。この10月から値上げされた食品は2900品目におよんだと報じられたが、原因の過半は円安である。現在、個人消費が改善されない主因は、消費者の物価高への懸念なのだから、円安を修正して物価高を抑えてこそ、個人消費の後押しにつながる。そのためには、利上げが必要なはずである。

 ただ、ここでは、もう少し巨視的な目で眺めてみたい。はたして日本に、積極財政策をとれるような経済力があるのか。債務残高が増えることに無頓着でいられるのは、日本が「大国」であるという、過去の幻想にとらわれているからではないだろうか。

日本の経済力は下から数えたほうが早い
 8月に4~6月期のGDP速報値が発表された際、名目GDPが年換算で約608兆円となり、はじめて600兆円の大台を超えたと報じられた。そういわれると、日本の成長もまんざらではないように聞こえるかもしれないが、誤解である。

 日本のGDPは拡大しているとはいえ、1990年からの33年で3割しか増えなかった。結果として昨年、ドル換算でドイツに抜かれ、世界第4位に転落した。68年に当時の西ドイツを抜き、アメリカに次いで世界第2位になって以来、2009年まで2位を維持したが、10年に中国に抜かれた。そして今度は、日本が「失われた30年」に突入した1990年半ばには、GDPが日本の47%にすぎなかったドイツに追いつかれ、抜かれてしまった。

 しかも、日本は世界の国々のなかで比較的人口が多いので、GDPが大きくなる傾向にある。豊かさを測るより正確な指標は、これを人口で割った1人当たりGDPだが、こちらはOECD経済協力開発機構)加盟38カ国中の21位にすぎない。あるいは、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界競争力ランキング2024」では、67の国と地域のなかで、日本は下から数えたほうが早い38位である。

 日本が挽回することは可能なのだろうか。仮に岸田文雄内閣が唱え、石破内閣も目指すと思われる「成長と賃金の好循環」が実現したとして、近未来まで見渡したときに、見過ごせない問題が横たわっている。止められないどころか、加速度がついている少子高齢化である。

 2023年の出生数は、前年より前年より4万3482人少ない72万7277人で、1979年の調査開始以来、最少だった。一方、死亡数は157万5936人と過去最多で、両者の差である自然増減は85万8659人減となり、はじめて80万人を超えた。厚生労働省の第3回社会保障審議会年金部会が23年に発表した「将来推計人口」は、70年には日本の総人口は8700万人にまで減り、高齢化率は38.7%に達するとしている。しかも、統計が発表されるたびに、少子化や人口減は予想を大幅に上回るペースで進んでいるから、現実には、総人口はさらに減る可能性が高い。

 この状況のなかで積極財政を続けたらどうなるか。将来、勤労世代の人口が激減することが目に見えている以上、私たちの子や孫は膨張した債務残高の海に飲まれて、身動きがとれなくなってしまう。

人口減社会を見越した日本の設計を
 新政権はどんな国づくりをすべきか。絶対に忘れてはならないのは、いまの日本の身の丈を考えることである。

 まずは、国と地方がかかえる1300兆円もの債務と、それを日銀が買い支えている現状を直視する必要がある。今後、人口は減る一方である以上、歳入を増やすのは難しい。予算の規模も原則、小さくしていかなければ国がもたない。給料が減れば家計の規模を縮小すべきなのと同じである。あらたな借金をする余裕などあるはずがない。

 ところが、日本は「失われた30年」にGDPは3割しか増えなかったのに、年金や医療などの社会保障給付費は3倍に増やしてしまった。そちらを手厚くするなら、増税で補うしかないはずだが、増税有権者の反発を買うから極力避ける。その結果、財務状況は世界最悪になっているのに、なお積極財政の主張がまかり通る。

 そうではない。これからの日本は、あらゆる方面でダウンサイジングしなければ立ち行かない。

 たとえばインフラ。かつて、公共投資によるインフラ整備は将来への投資だ、と説明されていたのを記憶しているが、とんでもないまやかしだった。高速道路にせよ、整備新幹線にせよ、公共ホールにせよ、高層ビルを核にした再開発にせよ、いったん作られたものを維持するためには、毎年、膨大な維持費が必要になる。

 しかも、これまで整備され、今後も整備されようとしているインフラは、日本が1億2000万人を超える人口をかかえ、なおかつ経済成長を続けることを前提に計画された。すなわち、今後の人口減少時代にはあきらかに過剰で、このままでは、私たちの子や孫はもはや必要ないインフラ維持のために、毎年、膨大な負担しなければならなくなる。不要なものを支えるために貧しさを余儀なくされるような未来は、あってはなるまい。

 誰が総理になろうとも、いまの日本においては、こうして将来を見通したうえで国づくりをしないと、取り返しがつかないことになる。

地方創生の落とし穴
 石破総理は所信表明演説で、地方創生を支援する交付金を、当初予算ベースで倍増させる考えを示した。これに関しては、地方が疲弊している状況を鑑みるに、必要な予算だとしておこう。ただし、使い方をまちがえると地方の、ひいては日本のさらなる衰退を招く。

 私は取材で地方都市を訪れることが多いが、わざわざ予算を投じて衰退を招いていると感じるケースが非常に多い。典型的なのは以下のような事例である。

 以前はその都市の「顔」の一つだった駅前の街並みを壊し、直線的で広い道路で区画し直し、中核にタワーマンションを据える。また、広い道路には広い歩道が備わる。古い市街の真ん中を、街を左右に分断するように真っすぐな広い道路が通されるケースも多い。

 おそらく、近隣の都市からも人を呼び寄せ、都市を活気づけるという目的のもとに整備したのだろう。ところが現実には、人出で賑わうことを前提に設計された広い街区は、人が歩いていないために寂しさが漂い、ヒューマンスケールを超えた大きさだけが強調される。街を分断する道路も、たんに人々の生活圏を分断しただけで終わっている。

 こうして個性があった街並みは失われ、その都市らしさがなくなって、他所から人を呼び寄せる魅力は、かえって減退している。生じるのは同じ都市内の移動で、その結果、疲弊していた既存の街区はさらに衰退し、シャッター商店街が増える……。

 地方に予算を渡すだけでは、こうした自滅が増えるだけにもなりかねない。地方にとって重要なのも、ダウンサイジングなのである。拡大する、拡張するという発想は捨て、各地方が潜在的にもつ魅力を引き出しながら、既存の街を磨いていく。そういう指針を示さずに予算だけを渡しても、地方創生が地方衰亡につながりかねないと指摘しておきたい。

 

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。