◆「思っていることと違うことを話した」
「ようやく、終わった」。13日午前10時過ぎ。菊光刃物店と書かれた看板が外され、店の前に下ろされると、高橋さんはかみしめるように話した。
死刑判決で、凶器とされた「くり小刀」を袴田さんが購入した店とされた。高橋さんの父福太郎さんとみどりさんが検察側の証人となり、店番をしていた母みどりさんが「(袴田さんに)見覚えがある」とした証言が決め手となった。
だが、みどりさんは10年ほど前、報道機関の取材に「思っていることと違うことを話した」と明かした。みどりさんが法廷で証言した当時、高校生だった高橋さんは、地裁から戻ったみどりさんが「証言の仕方って教えてくれるのね」と口にしたことを覚えている。検察側の誘導があったのではと、今も疑う。
高橋さんの両親、みどりさん(左)と福太郎さんの遺影を持つ親族=いずれも沼津市内で
◆袴田さんの支援活動に加わり
事件発生当初は、同級生から「凶器屋」とからかわれ、被害者意識を持っていた高橋さん。しかし「被害者ではなく(母は)加害者になってしまったのでは」との思いが募り、以後、支援活動に加わった。再審公判は結審まで全15回、群馬県から在来線で片道6時間をかけて通った。
判決公判は12倍の倍率をくぐり抜け、傍聴券を引き当てた。「主文、被告人は無罪」。裁判長が言い渡した瞬間、証言台で判決を聞く袴田さんの姉ひで子さん(91)を見て「本当に良かった」との思いがこみ上げた。
福太郎さんは10年以上前に他界。みどりさんは昨年2月、再審開始決定の直前に亡くなった。無罪判決の翌朝、高橋さんは沼津市内の両親の墓に「無罪になったよ」と報告。「ずっと重荷を背負っていたのでは。ゆっくり静かに眠ってほしい」と願う。
◆「両親に代わり、改めて深くおわび申し上げます」
店は福太郎さんの死去とともに、みどりさんの介護の必要性から2011年に廃業。13日に看板を外す直前、高橋さんは両親の遺影を持つ親類と「両親に代わり、改めて深くおわび申し上げます」と頭を下げた。
無罪判決では、みどりさんの証言について、証拠価値がないと断定した。高橋さんは涙をこらえながら言う。「街に生かされてきた道具屋が、冤罪(えんざい)にかかわるようなことがあってはいけない。これで店も本当に閉めることができた」