「もっといい仕事」「もっといい配偶者」があったのでは…過去を後悔する中高年におくる「著名作家のことば」(2024年9月21日『現代ビジネス』)

キャプチャ2
著者である医師・作家の久坂部羊さん
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。特に人生の後半、長生きをすればするほど、さまざまな困難が待ち受けています。
長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。
そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々とした余生を送っている人が少なくありません。
実にもったいないことだと思います。
では、その状態を改善するには、どうすればいいのでしょうか。
医師・作家の久坂部羊さんが人生における「悩み」について解説します。
*本記事は、久坂部羊『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
キャプチャ
人生の折り返し点という危機
キャプチャ
著者である医師・作家の久坂部羊さん
中高年では、すでに特定の仕事を選び、結婚・非婚を選び、住居を選び、子育ての方法や友人関係を選んで、自分の生き方がほぼ確定しています。そんなとき、ふと自分の人生を振り返って、これでよかったのか、もっとましな選択があったのではないかと思い迷うこともあるでしょう。
もっ
といい仕事、もっといい配偶者(相手もそう思っているかもしれませんが)、もっといい人生があったのではないか。自分は十分に考えず、安易な選択をしてしまったのではないか。あの不運は避けられなかったのか、あのときどうしてもう少し頑張らなかったのか、もう少し慎重に振る舞っていれば、その後の展開も変わったのではないか。夜中にそんな後悔の念が湧き、自分を責めたり、苦悩したりします。
どれだけ悔やんだところで、人生をやり直すことはできません。わかっていても悩みは尽きず、深みにはまると精神の健康を損ねて、日常生活に支障をきたすことにもなります。
そこで私が思い出すのは、作家の村上龍氏の言葉です。
──何かを選ぶというのは同時に別の何かを捨てることだ。
この厳しさがないと、何かを選びながら、別のものもほしいという気持ちになりがちです。
余談ですが、私が外務省の医務官で海外生活を続けていたとき、日本はあれもこれもほしいという気持ちに応じる国だなと思ったことがあります。たとえば、レストランのメニューにあるハンバーグと海老フライのセットや、ラーメンとチャーハンの定食。海外ではハンバーグを食べたいのなら、海老フライはあきらめる、昼食をラーメンにするならチャーハンはあきらめるというのがふつうで、両方が食べられるようなメニューはほとんど見ませんでした。
また、日本では「安くてうまい」とか、「楽にやせる」などのキャッチフレーズも氾濫しています。しかし、ほんとうにおいしければ、高くても売れるので値段は安くないはずですし、作り手が精魂込めて作ったものは高くても当然です。また、やせるためにはそれなりの努力が必要でしょう。にもかかわらずこういう誘い文句が拡がるのは、あれもほしいこれもほしいという安易な発想の人が多いからだと思います。それが「もっとましな人生があったのでは」という後悔につながっているような気がします。
さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)