じつは多い「高齢者のうつ」を引き起こす…65歳以上になったら「失ってしまう3つのもの」(2024年9月17日『現代ビジネス』)

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著者である医師・作家の久坂部羊さん
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。特に人生の後半、長生きをすればするほど、さまざまな困難が待ち受けています。
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「うつによる仮性認知症」と「本来の認知症」の見分け方
長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。
そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々とした余生を送っている人が少なくありません。
実にもったいないことだと思います。
では、その状態を改善するには、どうすればいいのでしょうか。
医師・作家の久坂部羊さんが人生における「悩み」について解説します。
*本記事は、久坂部羊『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
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老年期の三大喪失体験その(1) 身体機能の喪失
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PHOTO by Gettyimages
精神保健学の講義では、各年代(ライフステージ)における「精神の健康」について話していました。
老年期(六十五歳以上)では、まず三大喪失体験というのが問題になります。
第一は前章にも書いた身体機能の喪失です。
老いればさまざまな機能が衰えます。老眼では細かい文字が読みにくくなるだけでなく、動体視力や暗順応の低下が見られ、夜の運転やトンネルの出入りで車の事故の危険性が高まります。
聴力の低下では、音が聞こえにくくなるだけでなく、気配も感じにくくなり、音は聞こえるけれど、どこから聞こえるのか、あるいは会話でも何を言っているのかが聞き取れなくなったりします。これは脳の認識力が落ちるためで、若者の早口(若者にはふつうの速さ)などが聞き取りにくくなります。音は聞こえているので、この機能低下に補聴器は役に立ちません。
ほかにも歯の脱落、嚥下機能の低下、平衡感覚の低下、筋力低下、性機能低下などで、硬いものが噛めないとか、誤嚥が増え、ふらついたり、つまずいたり、男性は性的不能、尿のチョロッともれ、女性は骨盤底筋群の緩みで腹圧性尿失禁、子宮脱(子宮が膣から股間にはみ出る)になったりします。
免疫機能の低下で病気になりやすく、感冒が悪化して肺炎になり、呼吸機能、心機能の低下で息切れや動悸、脳機能の低下で物忘れや勘ちがい、思考渋滞などが起こり、移動機能の低下でひきこもったり、
 
骨粗鬆症で骨折しやすくなったり、生活習慣病も悪化して、「病気のデパート」と呼ばれる状態になったりします。
老化は普遍的(だれにでも起こる)ですが、個人差があるので、自分は大丈夫と思いがちです。しかし、老化を免れる人はいません。
老年期の三大喪失体験その(2) 社会的・経済的喪失
二番目は社会的・経済的喪失体験です。
退職や引退で仕事をやめると、社会的な地位、および家庭での立場が失われ、収入も減るため、前もって心の準備をしておかないと、思いがけない喪失体験に苦しむことになります。
配偶者や友人など、親しい人との死別もあり、子どもや孫の独立による離別、些細なことから関係が悪化して疎遠になったり、施設入所や子ども世代との同居による環境の変化が思いがけないストレスになることもあります。
独り暮らしやひきこもりで生活の規律が緩むと、万年床、着たきりスズメ、放置台所、ゴミ屋敷などになり、健康面で不安な状況になります。これを精神保健学では「隠遁症候群」といいます。
仕事をやめて自由になると、時間的な余裕は増えますが、経済的、体力的余裕がなくなり、せっかくの自由時間をうまく使えないようになりがちです。
老年期の三大喪失体験その(3) 性格の変化
三番目の喪失は性格の変化です。
むかしから年を取ると人間が丸くなるなどといわれますが、それはせいぜい七十歳くらいまでで、それ以後は体力の低下とともに忍耐力や自制心、寛容力も弱って、キレやすくなったり、すぐ弱音を吐いたり、少しの我慢もできなくなったりします。
意欲の減退、興味の喪失、関心の低下などで活動性が落ち、逆に心配や不安が増大して、消極的、怠惰、面倒くさがりの傾向が強まります。
過去に得た知識や経験に依存するため、保守的、内向的になり、予期不安(まだ起こっていないことをあれこれ心配する)も高まります。
現実を受け入れて、老いに対して理性的であれば問題は起こりにくいですが、自らが弱ることで、嫉妬や猜疑心、事実否認、自己憐憫などが強まり、老人であることを盾に、わがまま、頑固、自己中心的行動が増えたりもします。
高齢になれば、もともとの悪い性格もいっそう強化され、意地悪、不機嫌、神経質、弱気、身勝手、独善的、説教好き、おしゃべり、ネガティブ思考、投げやりになる高齢者も少なくありません。
さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
 
久坂部 羊(医師・作家)