月9ドラマ『海のはじまり』が人気独走、「えっ、そこ?」なメッセージが中年の胸に深く刺さる理由(2024年7月29日『ダイヤモンド・オンライン』)

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『海のはじまり』主演の「めめ」こと目黒蓮さん。「FENDI Selleria」のレセプションにて Photo:JIJI
 今期の月9ドラマ『海のはじまり』が話題を呼んでいる。幅広い世代に人気の有村架純や、『silent』で好評を得た目黒蓮がメインキャストを務めていることもあるが、何よりそのストーリーの切なさ、やるせなさが視聴者を釘付けにしている。キャストにいまいち思い入れが薄い中年こそが、心をつかまれてしまうのはなぜなのか。(フリーライター 武藤弘樹)
● 青春の輝かしさと救いのなさ 「月9」面目躍如の人気ドラマ
 『海のはじまり』というテレビドラマが話題を呼んでいる。フジテレビ、月曜9時(21時)からということで、国民の期待を背負い、またフジもそれに応えてきた歴史のある、肝いりの枠である。
 その大変な話題ぶりは、「4週連続でXの世界トレンド1位」「見逃し再生数月9ドラマの歴代記録」といった成果になって表れた。
 【参考】WEB ザ テレビジョン
 テレビドラマに対するアンテナがほぼないといっていい筆者ではあるが、同世代(アラフォー)の視聴者たちが熱っぽく語り合っているのを見て、このドラマを知った。幅広い年代に支持されている人気ぶりだが、とりわけアラフォーやそれ以上の世代は、その世代なりの観点からこのドラマを観ていて、それゆえに内容が深く刺さっているようで、他の世代に比べてやや特殊な事情を抱えているように見える。
 かくして私も第1話の視聴に至ったが、なるほどこれは、青春の輝かしさと救いのなさや、優しく正しく生きようとする人の苦しさ、美しさなどを考えさせられるという、視聴するだけで修行的な効果があって魂のレベルが上がりそうなものすごいエンターテイメントであり、「いいドラマをオススメする」と「問題意識を共有してもらう」という2つの目的から、誰かに視聴を勧めたいドラマであった。
 後者の「問題意識の共有」は、言ってしまえば結構重たく、「未視聴の人にも同じ苦しみと葛藤を味わってほしい」という、ややネガティブ寄りの感情を含むが、葛藤はすればするほど意味のあるもの(だと筆者は思う)で、そうした場合の流布は悪くないはずである(と思いたい)。
 さて、中年以降の視聴者にとって、『海のはじまり』のどこの部分が特に刺さったのか。
● 精鋭『silent』チームに やきもきさせられる中年男性視聴者
 『海のはじまり』の製作陣は、監督・風間太樹、脚本・生方美久、プロデュース・村瀬健の“『silent』チーム”である。『silent』は2022年放送のテレビドラマで、賞の獲得や記録の樹立など、数々の輝かしい成果を残した作品であった。
 『海のはじまり』の主演は、Snow Man目黒蓮さんである。芸能事情に疎い筆者は恥ずかしながら存じ上げなかったが、演技力にも定評があって、身の周りで確認できたところで30~40代の女性がこぞって「目黒くん」と、ハートがついていそうな“くん”付けをしたり、もっと進んでいる人は愛称の「めめ」を用いていた(用例「めめかっこいい」)。それらのことから目黒さんのカリスマ度がおのずと推測された次第である。
 ストーリーは、ネタバレしたくないので公式サイトの「イントロダクション」の部分に書かれている範囲にのみ触れることにするが、主人公が亡くなった元カノのお葬式に行くと、そこに小さい女の子がいて、別れを告げてきた元カノが密かに独りで産んで育てていた自分との間の子が、実はその女の子だったと知らされる……というものである。
 以下は第1話視聴後の男性視聴者の声である。
 「主人公の境遇は、ほぼすべての男性がなりえるもの。“完全に他人事”とはできないので、自然と感情移入してしまう」
 「このドラマは自分が若かった頃の至らなさを突きつけられているようで、見ていてしんどい。でも見届けなくてはならない気もしている」
 「『望んでいないタイミングで父親になる』という状況を、男性なら一度は漠然とでも想像したことがあるか、あるいはその状況かそれに近い状況に身の覚えがあるはず。普遍性を持ち得るテーマなので多くの人に見てほしい」
 “感情移入”という言葉が出てきたが、主演の目黒さんが言葉を極端に少なくする代わりに感情のゆらぎがにじみ出てくるような演技をしているので、主人公はとても静かで、それゆえに男性視聴者にとって感情移入しやすいというのはあるかもしれない。
 ドラクエなどのRPGで喋らないタイプの主人公が出てくるが、あれと似た効果があるように感じた。
● 女性視聴者の感想は? 「目黒くん推し」ばかりではない
 一方女性視聴者の感想はというと、「めめが相変わらず最高すぎる」といった類の意見は当然殺到しているのだが、それは置いておくとして、以下のようなものがある(こちらも第1話限定の感想)。
 「“父親”と“母親”、それぞれへのなり方の違いを端的に説明している箇所に思わず頷いた。最近は男性の育児への姿勢が過去に比べてかなり変わってきているけど、“父親”と“母親”は根本的になり方が違うので、相互理解は難しいと改めて思った。だから、一層(相手を理解すべく)努力していこうという気持ち」
 「自分に子どもがいると、どうしても親目線で見てしまうから感情移入が半端ない。下手すると登場人物全員を親目線で見てしまって収拾がつかない」
 「『目黒くん扮する主人公がんばって』という気持ち」
 「今カノが不憫でならない。彼女がどうなっていくのか目が離せない」
 「子育てを改めて考える機会になると思うので、男性にはぜひ見てほしい」
● カギを握る3人の女性たち 「えっ、そこ?」なメッセージ
 第1話で話の軸になる女性は3人登場する。主人公の今の彼女、亡くなった元カノ、そして元カノのお母さんである。それぞれに立場や考えがあって、思いやりとエゴとの間で揺れてとても人間らしい。それぞれの役を通して、女性のあり方が多角的に表現されているように思う。どの女性の立場に寄って物語を眺めるかでも、だいぶ感想が変わりそうである。
 また、男性視聴者との対比も面白い。自然、自分の性に依拠した観点でドラマに接しているようである。
 私も視聴し、ものすごく感情移入させられたのだが、目線は完全に子どもサイドである。主人公と元カノの間にできていた女の子が「6歳、来年小学校」というのだが、これが我が娘と完全に一致し、もはや他人事でないどころか我が事こととして捉えられた。
 ひたすら「この子のお母さんが亡くなったなんて……」と胸が締め付けられていて、おそらく本ドラマで本筋に据えたいところから少しずれているのだが、これもこのドラマのひとつの見守り方なのであろう。
 ちなみに脚本の生方美久さんは、取材に答える形で、本作を通して明確に伝えたいことは「がん検診に行ってほしいということ」と「避妊具の避妊率は100%ではないということ」としている。
 第1話を視聴後にそう聞くと「えっ、本当のそれが一番伝えたかったの?」と感じてしまうが、記事を読めば、確かにそれもありつつ、それに加えていくつもの思いが脚本に込められているらしきことが伝わってくる。
 【参考】GINGER 〈特別取材〉目黒蓮・主演「海のはじまり」の脚本家・生方
美久が今作で‟伝えたいこと”はふたつ
● モヤモヤ箇所もストーリーを 多角的に捉えるきっかけに
 なお、私がテレビドラマの視聴に慣れていないことと関係していると思うが、「6歳の子なら親の死をもっと理解し、絶望するのではないか」という細かい点を気にしてしまいそうになる自分を発見した。
 おそらくそこに固執してしまうと大筋を味わうことができず、またテーマを充分に咀嚼できない可能性があるので、意識的に気にしないようにしたが、やはりどこかに引っかかってしまう人は引っかかってしまうだろうし、それでドラマが楽しめなくなってしまうのであれば、単純にそのドラマと相性が悪かったか、「ご縁がなかった」というだけのことであろう。
 「親の死を理解しない6歳」は十二分にありえるし、個人差も大きい。その設定からどのような物語が紡ぎ出されるかを見守ることの方が、少なくとも私にとってはこのドラマにおいて肝要であった。
 そのほか、話の展開としてちょっと悶々とする部分もあった(責任を果たす覚悟を匂わせていた主人公が悪者っぽく扱われそうになっていた点など)のだが、その悶々こそがストーリーを多角的に捉えるヒントとなるだろうとも感じた(でも元カノサイドから見たら主人公がそう映っても仕方ないし、責任を果たす覚悟云々以前に主人公は「性行為を行った」という点において責任が生じているよな……など)。
 視聴中に生まれるこうしたいくつもの視聴者としての感情が、ストーリー展開とともにどのように変化していくのかが楽しみである。
 最近はテレビ番組を見逃しても、TVerというオンデマンドのアプリ・サイトを使えば無料で何不自由なく見ることができる。筆者と同世代以上で興味を持たれた方は、ぜひ視聴を通じて獲得するであろうこの葛藤を共有してほしいところである。
武藤弘樹