公務中止に追い込まれる
記者会見に臨む兵庫県の斎藤元彦知事2024年7月12日、同県庁
筆者の住んでいる兵庫県が今、大きく揺れている。事の発端は2024年3月中旬、西播磨県民局長の男性職員が斎藤元彦知事の「パワハラ」や「違法行為」を告発する文書を報道機関などに郵送し、知事は「事実無根」「公務員失格」と局長を解任したことだ。
「空飛ぶクルマ」に試乗する兵庫県の斎藤元彦知事
前県民局長は公益通報制度を利用し、正式に内部通報したが、県は内部調査を経て、職員の行為が誹謗(ひぼう)中傷に当たると認定。職員を停職3カ月の懲戒処分とした。
記者会見する兵庫県議会の奥谷謙一百条委員会委員長=2024年7月19日、同県庁
その後、内部調査の中立性が疑問視され、県議会が強い調査権限を持つ「百条委員会」を設置。前県民局長は7月19日の百条委員会に証人として出席する予定だったが、7日に亡くなった。自死とみられている。
側近の片山安孝副知事が「県政停滞の責任を取る」として辞表を提出。知事に対し県職員労働組合が辞職を申し入れるなど混乱が広がっている。県庁には非難や抗議の電話が寄せられ、中には脅迫めいたものも含まれるため、知事は一部公務を取りやめる事態に追い込まれている。
「死を持って抗議する」
斎藤知事は、20年続いた前知事の県政を継承する元副知事を選挙戦で破った。当時43歳。「県政刷新派」の若い知事が誕生してから8月1日で丸3年となる。当初は選挙戦のしこりも少なからず残っていたであろうし、県政を進めるために毅然(きぜん)とした態度が必要なこともあったと思われる。新しい県政への期待感もあり、批判的な報道を目にすることは全くなかった。
今回の件も最初の報道は表面的で、「定年退職目前の幹部職員が知事への不満を内部告発という形で表面化させた」という印象を持った。しかし、独自に県職員へのアンケート調査を行った県議の報告などで実態が明るみになるにつれ、さまざまな職員の声を集め、事実関係も調べた上での告発だったのではないかと思い直すようになった。
真相解明はまだこれからであるが、亡くなった前県民局長が残した陳述書や「死をもって抗議する」というメッセージ、疑惑に関する音声データが県議会に提出されているという。知事は、「県民から負託を受けており、県政を立て直す」「職員と信頼関係を築く」と繰り返し、辞職を否定しているが、憔悴(しょうすい)した表情から孤立している様子がうかがえる。
守れなかった公益通報者の命
記者会見する兵庫県の片山安孝副知事=2024年7月12日、同県庁
「知事はコミュニケーション能力が不足していた」と、辞職を表明した片山安孝副知事が会見で述べていた。筆者が会合などで見かけた限りだが、斎藤知事はその場にそぐわないあいさつをしたり、アドリブ的な発言をして場を静まり返らせたりしたことがあった。
知事として県民から求められているものと、知事自身の思いがずれていたのか、その場で期待されていること、相手の心情を読む配慮に欠けていたのか、余裕がなかったのか…。そんな傾向が部下に対しては、より強硬な態度となって表れていたのかもしれない。
ただ、今回の事件は「パワハラ疑惑」という枠組みで捉えられることが多いが、法を守るべき行政機関でありながら、公益通報した者の身を守れなかった点にも大きな問題があることを見逃してはいけない。公益のために法令違反行為を通報した者に対し、解雇や減給といった不利益な取扱いをすることは禁じられている。
筆者が公益通報制度について関心を持つきっかけが、この事件であったことが残念でならない。多くの県民が「早く混乱が落ち着いてほしい」「これ以上の悲劇が起きないように」と願っている。
斎藤氏の辞任論が飛び交う中、日本維新の会は斎藤県政の誕生に尽力した経緯もあり、事実解明が先だとの立場を堅持している。党内からは「かばっているように見える」(中堅議員)との不満も出ており、イメージダウンを懸念して苦慮している。