2021年の兵庫県知事選で当選した斎藤元彦氏(写真:アフロスポーツ)
兵庫県の斎藤元彦知事に、数々の不祥事疑惑が持ち上がっている。県内の特産ワインを要求したり、パワハラ言動があったり……。その真相を解明すべく、県議会は調査特別委員会(いわゆる百条委員会)を設置した。一連の疑惑を告発したのは県職員だったが、百条委員会を前に亡くなったことでも注目を集めている。
筆者はネットメディア編集者として、これまでも政治家の不祥事と、SNSの反応を眺めてきた。そこで感じたのは、「政治家による私物化」には、嫌悪感を示す人が多いということ。そこで今回は、過去の事例も交えつつ、背景にあるものを考えていきたい。
■斎藤氏は告発を事実無根の「ウソ八百」と断じた
兵庫県西播磨県民局長(当時)の男性が2024年3月、斎藤氏らをめぐる疑惑を告発する文章を公開し、そこには職員へのパワハラなどが記されていた。文章は匿名で出されたものの、男性によって作成されたと判断。男性は3月末での退職が予定されていたが、局長職を解任されたうえで、退職も取り消された。
斎藤氏は告発を「ウソ八百」の事実無根と断じて、法的措置も示唆。5月には元局長を停職3カ月の懲戒処分に処した。一方で県議会は6月、地方自治法100条に基づき、疑惑や不祥事を調査する「百条委員会」の設置を決定する。
しかし7月7日、百条委員会への証人出頭が予定されていた元局長が急逝する。死去後の7月19日に行われた百条委員会会合では、元局長が残した音声データと陳述書が示され、斎藤氏のものと思われる「ワイン、ちょっとまだ私、飲んでいないので、ぜひまた。この間はイチゴ、ジャム、塩はあれですけど……。折を見てよろしくお願いします」との音声が流された。
会合に前後して斎藤氏は、上郡町職員からワイン2本の提供を受けたとしつつ、「仕事として、県の施策として産業振興の一環で大切なこと」だと明言。一方で具体的なPR活動はしていないとも語った。
この件のほかにも、各社報道では、ことあるごとに職員を怒鳴りつけるといったパワハラ疑惑が伝えられている。斎藤氏は否定しているものの、SNS上では「早く辞任すべきではないか」といった指摘が噴出。県立高校などへ2022年に設置された、斎藤氏の声がでる自動販売機にまで話題は波及し、「再選目的の売名行為ではないか」と批判の的になっている。
■ 斎藤氏の略歴
ここまで問題視される斎藤氏とは、そもそもどんな人物なのか。略歴を簡単に振り返ってみよう。1977年兵庫県神戸市に生まれ、東京大学卒業後に総務省へ入省、新潟県佐渡市の企画財政部長、宮城県の総務部市町村課長、大阪府の財務部財政課長などを経て退官後、2021年の兵庫県知事選で当選した。
総務官僚出身者が首長を務めることは珍しくないが、兵庫県でもそうだった。総務省出身としては斎藤氏が初めてだが、5期務めた前任の井戸敏三氏(在任2001~2021年)や、その前任である貝原俊民氏(1986~2001年)は旧自治省。さらにさかのぼると、坂井時忠氏(1970~1986年)、金井元彦氏(1962~1970年)も、旧内務省の官僚だった。「総務官僚出身だから」と、ひとくくりにできるわけではないが、斎藤氏の事案をめぐっては、その関連性を指摘する反応も出ている。
官僚は一般的に、エリートと扱われがちだ。だからこそ選挙において「看板」となり得て、当選に近づくわけだが、それが勘違いの温床になる側面もある。有権者は行政経験や、政府とのパイプといった要素を求めて、「官僚」へと一票を投じると思われるのだが、「オレ」が信託されたのだと錯覚してしまえば、そのギャップがあだとなる。
そもそも知事のような首長は、あくまで「雇われ社長」に過ぎない。オーナー企業として筆頭株主のような権限を持つわけではなく、納税している住民一人ひとりが養っている存在だということを忘れてはならない。
■過去の事例
とはいえ、これまでも「首長による私物化」は、たびたび話題になっていた。例えば2019年には、千葉県市川市で、市長らの公用車として、「テスラ」の電気自動車を導入した。気候変動対策を理由にしていたが、リース代金が高額だったこともあり、市内外からの批判にさらされ、結局リース契約は解除となった。また、市長室内に総工費約360万円のシャワー室を設置したことも問題視され、任期満了後に再選を果たせなかった。
市川市の件は「税金の使途として適切なのか」といった文脈だったが、「自費であっても業務として適切なのか」が問われるケースもある。シャワー室問題が議論されていた当時、大阪府池田市では、市長室に家庭用サウナが持ち込まれた。自費で設置されたものではあったが、執務エリアを私物化している不適切利用だと問題視された。あわせてパワハラ疑惑なども浮上し、百条委員会を経た後に、市長は辞職。出直し選挙に挑むも、最下位で落選した。
市川市の場合は元衆院議員、池田市は元市議、そして今回の兵庫県知事は元官僚と、当選までの経歴は異なるものの、その不祥事には通底するものを感じさせる。思惑は本人のみぞ知るだろうが、どこかに「選挙で選ばれたのだから、少しは勝手にさせてもらっていいのでは」という、おごりがあったのではないだろうか。
時代によっても、受け止め方は変わるだろう。失われた30年を経て、冷え切った経済状況の中では、維新の会が掲げるような「身を切る改革」が一定程度求められている。政治家たるもの清貧であるべきだ、という価値観が、それなりに定着する昨今では、少しでも特権意識が透けてしまうと、嫌悪感を示したくなるのも当然だ。
特権意識が透けた例として、直近では前静岡県知事が浮かぶ。県庁職員に対する訓示で、職員を「知性の高い」存在として評しながら、「毎日毎日、野菜を売ったり、あるいは牛の世話をしたりだとか、あるいはモノを作ったり」する人々とは異なると発言。「職業差別ではないか」と批判が巻き起こり、辞任を余儀なくされた。
筆者は当時、東洋経済オンラインで「川勝知事『知性の高い』発言がマズいこれ程の理由」と題したコラムを書いたが、そこでは背景にある問題点のひとつとして、「にじみ出る『上から目線』」があると指摘していた。職業による上下、県庁職員と県知事の上下、市長と県知事の上下……などと、本来対等であるべき立場に対しても、どこか居丈高な姿勢を見せてきたことが、「知性の高い」発言に通じたのではないかとの考察だった。
■強い言葉やリーダーシップに期待も
一方で、最近では「強い首長」に、現状打破を求める流れもある。元大阪府知事・元大阪市長の橋下徹氏しかり、元兵庫県明石市長の泉房穂氏しかり、目的遂行のために、強い言葉やリーダーシップを期待する。先日の東京都知事選挙で、石丸伸二氏が票を集めた背景にも、そうした価値観があるだろう。
斎藤氏に話を戻すと、パワハラの有無を検証するまでもなく、ワインをめぐるやりとりと、受け取った事実を認めたことだけでも、「県政を私物化しているのでは」といった疑念が浮かんでしまう。
各種報道では「おねだり知事」と、比較的ポップな表現で伝えているが、仮に事実なのであれば「立場を利用して利益供与を求める政治家」だ。少し書き方を変えるだけで、そのイメージは大きく変化する。死者も出ている現状では、報道も厳格化したほうがいいように思える。
都道府県知事や、市区町村長には、それなりの権限がある。議会の議決を経なくても、一定程度の専決処分も認められている。だからこそ、有権者は「税金の使途を差配する人物として、適性があるか」と、しっかり見極めることが重要となるのだ。
城戸 譲 :ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー