「私は貧しい地域の出身です。子どものころ、サッカー靴を買うお金がないときもありました。父は港湾労働者、母は清掃員として懸命に働いて養ってくれました。この勝利を両親にささげます」
欧州のプロサッカーリーグには南米やアフリカを中心に世界各国の選手が所属しています。活躍すれば莫大(ばくだい)な収入を得られるため、多くの選手が欧州を目指します。マルティネス選手も10代から英国のチームで活躍しています。
選手獲得を巡って巨額資金が動くプロサッカー界には、各国が抱える埋めがたい経済格差が横たわります。選手たちは故郷の家族を貧しさから救おうと懸命にプレーしますから、大きな勝利を手にすれば、マルティネス選手のように感極まって家族への思いを語る光景がみられるのです。
近年、日本から欧州への進出も通常の光景になりました。ただ日本人選手の場合、貧困よりも才能ある若手が自分の夢をかなえるために渡欧することが大半です。
経済低迷が続くとはいえ、日本の格差は海外ほどではない…。サッカー界を巡るさまざまなニュースを読みながら、長年、そんな思いにとらわれていました。
ところが今年に入り、「日本の格差は思ったより開いているのではないか」と疑わざるを得ない経済指標が出てきました。
アベノミクスの後遺症
まずは企業決算です。SMBC日興証券の5月時点の調査では、東京証券取引所プライムに上場する企業の24年3月期決算の純利益合計額は3年連続で過去最高を記録する見通しになりました。大企業の好決算を反映して法人税が激増し、23年度の国の税収も72兆円超と過去最高となりました。
これに対し、調査会社の帝国データバンクによると、今年1~6月の企業倒産は4887件と前年同期比22%増となり、6月まで26カ月連続で前年同月を上回りました。円安などで中小を取り巻く経営環境は厳しく、倒産の増加基調は続くとも予測しています。
厚生労働省が発表した5月の毎月勤労統計では、実質賃金は前年同月比で1・4%減と26カ月連続のマイナス。物価上昇が家計を直撃していることが原因です。
円安の追い風で大企業の収益が改善され、つり上がった株価が富裕層の金融資産を押し上げる。
一方、雇用の7割を支える中小企業は円安による原材料費の高騰に苦しみ、大半の人々の賃金は上がらず生活の質は落ち続ける。
日本の中に経済の好循環と悪循環が共存し、二つの差はどんどん広がっているように見えます。
潜在成長率という指標があります。一国が持つ労働力や資本をすべて活用した場合、どの程度の経済力に達するか示すものです。
政府の推計では、第2次安倍政権発足後、アベノミクスが始まった2013年以降も潜在成長率は1%に届かないまま低迷しています。安倍政権下で日本経済は実力を失い続け、国民の間では経済的な分断が深まったのです。
フランス下院選挙で勝利した左派連合の公約は印象的でした。最低賃金を引き上げ、物価抑制に向けて生活必需品の価格を凍結するなどのメニューが並びます。財源は富裕層の税制優遇廃止や企業の利潤への課税強化が軸です。
円安の利益を還元せよ
ハードルは高いものの、アベノミクスの後遺症に苦しむ日本にも参考になります。円安で潤った大企業や富裕層にお金を還元させる政策には説得力があります。
今月行われたサッカー南米選手権で再び優勝したアルゼンチンの選手たちが、喜びの中で泣いていました=写真、ロイター・共同。彼らが背負う人生を思うと胸が熱くなります。
経済格差は暮らしを破壊し、若者から夢を奪います。格差を拡大するような政策には、警鐘を鳴らし続けなければなりません。