出生時の性別が男性で女性として生活するトランスジェンダーが戸籍上の性別変更を求めた差し戻し家事審判で、広島高裁が外観上の手術なしでの性別変更を認めた。生殖能力の手術要件を「違憲」とした最高裁判断の流れにも沿う。性自認は尊重すべきだ。
性同一性障害特例法では性別変更に伴う5要件のうち、二つの手術要件を設ける。その一つ「生殖能力要件」については、昨年10月に最高裁大法廷が「違憲で無効」と判断した。「生殖腺がないか、その機能を永続的に欠く」状態を求める手術要件だ。
もう一つの「外観要件」の判断を最高裁は高裁に差し戻した。体にメスを入れ、外性器の見た目を変える手術のことだ。その新たな判断が「手術なしでも性別変更を認める」との高裁決定だった。
広島高裁は、公衆浴場などで性器が他人の目に触れうる場面を考え、「外観要件の目的には正当性がある」とも述べている。
このトランス女性の場合は、体つきを変えるため、継続的に医師の診断に基づきホルモン療法を受けていた。
職場でも女性として働いていた。複数の医師の診断、観察によっても身体の変化が認められた。それを重視した判断といえる。
厳しい二者択一を迫ることになるため、同高裁はこの解釈については「違憲の疑いがある」とも述べた。
実際に身体的な疾患を抱えて手術できない人もいよう。手術費用も工面せねばならない。外観要件を厳格適用しては、確かに憲法の理念に反してしまう。
性自認は重要な権利で、それを確認した高裁判断といえるが、もっと踏み込んでもよかったのではないか。公衆浴場での対応策はあろうし、ごく限られた場面を心配して、個人の性自認や生活を犠牲にしていいはずがない。
特例法の施行から20年。性別変更が認められた人は1万2800人に上る。心と体の性が一致しない性別不合で生きづらい思いをしている人に新たな道を開く法整備を求める。性的少数者への理解がさらに広がることも望みたい。
性別変更審判 多様性への理解広げたい(2024年7月12日『新潟日報』-「社説」)
性同一性障害と診断され、性器の外観を変える手術をしていない当事者が、戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう求めた差し戻し家事審判で、広島高裁は性別変更を認める決定を出した。
特例法が性別変更に際して規定する五つの要件のうち、外観要件と生殖能力要件の二つは「手術要件」と呼ばれる。体にメスを入れるか性別変更を断念するかの二者択一を迫るもので、人権の観点から根強い批判があった。
高裁決定の特徴は、医療の進歩を踏まえ、ホルモン療法で外性器の形状が変化することは医学的に確認されているとしたことだ。
外観要件を満たす条件を、手術の有無にかかわらず「社会生活で他者の目に触れた場合に、外性器に特段の疑問を感じないような状態であれば足りる」とし、柔軟な解釈を示した。
同療法は女性から男性への変更に比べ、男性から女性への場合は変化が不十分なケースが多い。
今回、手術なしで性別変更が認められるのは申立人だけだが、同じように悩み苦しむ人たちの道を開くものとしたい。
自民党は先月、報告書をまとめ、生殖能力要件と外観要件を削除し、心と体の性が一致しない「性別不合」が一定期間続くことなどを新たな要件とした。
男性から性別変更した女性が、自身の凍結精子を使って女性パートナーとの間にもうけた子どもを認知できるかを争った訴訟の上告審で、女性を「父」として認めた決定もあった。
性別変更を認められた人は右肩上がりに増加し、昨年末時点で約1万3千人に上る。
トランスジェンダーの人たちの権利を侵害しない社会へ、私たちの意識を高めていく必要がある。
性別変更要件 特例法の早急な改正を(2024年7月11日『北海道新聞』-「社説」)
手術を受けずに、戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう当事者が申し立てた差し戻し家事審判で、広島高裁が性別変更を認める決定を出した。
特例法は性別変更に複数の要件を定めている。そのうち生殖能力要件は精巣・卵巣の摘出を、外観要件は陰茎の切除などを原則求めてきた。
いずれも体に負担のかかる手術を要し後遺症も懸念される。
性的少数者の人権に照らせば、手術要件が特例法に記載される理由はもはやないだろう。
政府と国会は早急に法改正に取り組まねばならない。
体と心の性の不一致に悩む人たちが自分らしい人生を生きようとした際、直面するリスクや苦悩を重く捉えたと言える。
ただ、気になるのは「変更後の性別の外性器であると特段の疑問を感じない状態」であれば、性別変更の要件を満たすと認定した点だ。
申立人はホルモン療法で性別変更後に近い体と判断された。
性器を似せることが当事者の負担として残る可能性がある。
性別変更要件は国際的に見直す流れにある。重視するのは、身体的特徴より性自認だ。
公衆浴場やトイレの利用を巡り、女性が不安を感じるとの声もある。だからといって人権を制約していいはずはない。
厚生労働省は公衆浴場の利用について「男女別は身体的特徴で判断する」と通知している。
誰もが不安を感じず、納得できるルールづくりに知恵を絞ることはできるのではないか。
特例法は施行から20年が過ぎた。この間、約1万3千人が性別変更を認められ、性的少数者への社会の理解は広がった。
一方で手術要件以外の「未成年の子がいない」などの要件が時代に合わないという指摘もある。性同一性障害は国際的には性別不合に改称されている。
最高裁は先月、性別変更した女性と子の間の父子関係を認める判断も示している。
性別変更の要件 特例法の改正が急務だ(2024年7月11日『信濃毎日新聞』-「社説」)
政府は司法の判断に基づき、性同一性障害特例法を早急に改正するべきだ。
特例法が定める性別変更要件のうち、「変更後の性器部分に似た外観を持つ」(外観要件)を満たすには手術が必要とされる。当事者の肉体的、金銭的な負担は大きい。高裁はこの規定を「違憲の疑いがある」と判断した。
ただし、違憲無効に踏み込まず「公衆浴場などで異性の性器を見せられない利益の保護」のため、外観要件には正当性があると言及している。
その上で継続的にホルモン療法を受けている申立人は「身体各部に女性化が認められ、性別変更後の外性器に近しい外見を有している」と判断し、変更を認めた。
外観要件を維持した上で、これまで手術が必須とされてきた解釈を緩和し、申立人の個別状況に応じ性別変更の可否を判断する、という内容である。
こうした社会状況の中で、当事者の人権を救済するために、高裁が柔軟な判断をしたといえる。
争う相手方がいない家事裁判で、今回の高裁決定が確定する。対象は今回の申立人に限られる。
自民党は要件を見直す一方、「性自認に基づいた性別で社会生活を送っている」などの要件を加えることを検討している。曖昧な要件を加えれば恣意(しい)的な運用を招き、新たな障壁になりかねない。要件は最小限に絞るべきだ。
懸念されるのは高裁決定が結果的にトランスジェンダーへの誤解と偏見を増幅しかねないことだ。
「身体が男性のまま性別変更した当事者が女湯に入ってくる」などはその典型だろう。政府は公衆浴場の利用は身体的特徴で男女を区別するとの通知を自治体に出している。浴場の利用方法は変わらないことを押さえておきたい。
手術なしで性別変更 自認の性、尊重する法整備を(2024年7月11日『中国新聞』-「社説」)
身体を傷つけることなく、望む性で生きる権利を広げる司法判断といえよう。
性同一性障害と診断され、性器の外観を変える手術をしていない当事者が、戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう求めた差し戻し家事審判で広島高裁はきのう、変更を認める決定を出した。
その上で、ホルモン療法を経た申立人を「身体の各部の女性化が認められる」とし、外観要件を満たしていると判断した。手術をせずに男性から女性への性別変更が認められるのは極めて異例だ。
申立人は西日本在住で戸籍上は男性、性自認は女性の社会人。審判で手術なしでの性別変更を求めたが、家裁や高裁段階で退けられていた。
最高裁大法廷は昨年10月、手術を強いる二つの要件のうち、「生殖機能がない」(生殖能力要件)との規定は憲法13条が保障する「意思に反して身体への侵襲を受けない自由」への制約が重大として違憲、無効と決定。もう一つの外観要件は判断を保留し、高裁に審理を差し戻していた。
ホルモン療法で外性器の形状は変えられるようになった。女性から男性への性別変更では手術をしなくても外観要件を満たすと認められることが多い。だが男性から女性への場合は変化が不十分で、外観要件は陰茎切除などを事実上強制するものだった。
高裁は外観要件について、生殖能力要件を違憲とした最高裁決定と同様、身体にメスを入れるのか、性別変更を諦めるのかの二者択一を迫っており「違憲の疑いがある」と指摘。外観要件を満たす条件は、手術の有無にかかわらず「特段の疑問を感じないような状態であれば足りる」と、柔軟な解釈を示した。
一方で公衆浴場などで異性の性器を見せられない利益を保護するために外観要件は設けられたとし、目的には正当性があるとした。
この決定から導くべきは、性自認に基づく生き方の尊重と、手術を経ない性別変更で生じる混乱への懸念とは、別次元で考える必要があるということだ。
世界保健機関(WHO)などは2014年、性別変更のために不本意な断種手術を要件とすることは人権侵害だとする声明を発表。海外では撤廃が進んだ。だが、04年施行の特例法には制定当時の古い概念が残ったまま。医療の進歩や性の多様性に対する理解の広がりを反映していない。
高裁決定を踏まえ、少なくとも生殖能力要件と外観要件を削除する必要がある。見直しによって生じる問題点は丁寧な議論で解きほぐし、必要に応じて個別の関係法令で対応するべきだろう。