イギリスの総選挙は、最大野党・労働党が議会下院の650議席のうち400議席を超える大勝を収め、14年ぶりとなる政権交代が決まりました。
労働党のスターマー党首はチャールズ国王に任命され、首相に就任します。
4日に行われたイギリスの総選挙は開票作業がほぼ終わり、公共放送BBCによりますと日本時間の5日午後6時半の時点で議会下院の650議席のうち、最大野党・労働党が412議席と、選挙前に比べて議席数を2倍近く増やし、単独で過半数を獲得しました。
労働党のスターマー党首は、ロンドンで支持者を前に勝利演説を行い、「われわれはやりとげた。変革はいま始まる」と述べ、国のために尽くす政治を行うと強調しました。
スターマー党首はこのあとバッキンガム宮殿でチャールズ国王に任命され、首相に就任します。
一方、スナク首相率いる与党・保守党は121議席にとどまり、選挙前に比べ、議席数を200以上減らしました。
スナク首相は「この選挙に勝ったのは労働党だ。スターマー党首に電話で祝意を伝えた。敗北の責任は私が取る。申し訳ない」と述べ保守党の敗北を認めました。
保守党ではトラス前首相のほか、シャップス国防相やチョーク法相などスナク政権の閣僚も相次いで落選し、苦しい戦いぶりを象徴する結果となりました。
また、このほかの党については、
▼自由民主党が71議席、
▼SNP=スコットランド民族党が9議席、
▼右派政党「リフォームUK」が4議席などとなっています。
「退屈」と言われるけれど 英労働党スターマー党首どんな人?
労働党 スターマー党首 “変革はいま始まる”
保守党 スナク首相 辞意を表明 “申し訳ない”
BBC “2年足らずで4人目の首相が誕生することに”
トラス前首相 落選
国防相 法相 教育相など閣僚落選
イギリスの総選挙で、保守党のシャップス国防相が落選しました。シャップス国防相は首都ロンドン近郊の選挙区で2005年以来、5期連続で当選してきましたが、今回は労働党の新人に敗れました。
落選が決まったシャップス国防相は「今回は労働党が勝ったというより、保守党が敗れたのだ」と述べました。
その上で「新しい政府が国防にGDP=国内総生産の2.5%を費やすことを早急に約束しないかぎり、イギリスの軍だけでなくウクライナの友人たちも打撃を受けることをとても懸念している」と述べ、政権交代がウクライナへの支援に影響しないよう求めました。
このほか、スナク政権の閣僚ではチョーク法相とキーガン教育相などがこれまでに落選し、保守党の苦しい戦いぶりを象徴する結果となっています。
ハント財務相 “日本との関係変わらない”
与党・保守党の閣僚が相次いで落選するなか、日本で英語を教えていたこともあり知日派として知られるハント財務相が野党の候補をおさえて議席を守りました。
ハント財務相は、現地の5日明け方、南部サリー州の選挙区の開票所で、結果発表に臨み、みずからの当選がわかるとそれまでの緊張した表情が笑顔に変わり集まった支持者からも歓声が上がっていました。
このあとNHKの取材に応じたハント財務相は与党・保守党の敗因について「われわれは国民の信を失った。新型コロナの感染拡大、エネルギー価格の高騰、そしてロシアによるウクライナ侵攻といったいくつもの大きな課題に直面した。正しいこともしたが、間違ったこともした。そして、有権者は変化を望み、今夜、まさにそれが起こったのだ」と説明しました。
そして、今後の日本との関係について、「日本は東アジアにおける最も緊密なパートナーで関係は変わらないだろう。われわれは価値観を共有し、民主主義を信じ、貿易上の関係も強固なものだ。最近では天皇皇后両陛下のイギリスへの訪問も成功裏に終わった。両国の関係はこれからも強くなると信じている」と述べ、新政権も日本との関係を重視するという見方を示しました。
スターマー党首の手腕に期待する声
ロンドンの中心部では、総選挙の投票から一夜明けた5日、大勝を収めた最大野党・労働党のスターマー党首の手腕に期待する声などが聞かれました。
労働党の支持者の男性は「スターマー氏は合理的な人物であり、有能な首相になるだろう。国民に対して公平な政策を進めてほしい。保守党政権の14年は国内に分断をつくってしまった」と話し、別の男性は「イギリスは内向きになるのではなく、誰に対しても優しい社会であってほしいし、ほかの国と協力しながらグローバルな舞台に立ってほしい。けさはあいにくの雨だが、イギリスにとって雨の日はいつもどおりすばらしい日だ」と話していました。
一方、別の女性は「歴史的に労働党政権はめざましい実績を残しておらず、私は労働党を信用していない。スターマー氏は変化の時が来た、自分ならできると主張したが、その言葉どおり成果を出せるか見てみよう」と慎重な見方を示していました。
専門家「国民の不満がうっ屈 中道戦略が安心感に]
イギリスの政治や外交に詳しい慶應義塾大学の細谷雄一教授はイギリス総選挙の結果について「14年の保守党政権の間に国民の不満がうっ屈するなか、労働党スターマー党首の中道戦略が国民の安心感につながった」と説明しました。
与党・保守党が大敗した背景として、細谷教授は、▼ジョンソン元首相が新型コロナ対策の規制が続く中首相官邸で開かれたパーティーに参加していた問題に加え、▼保守党の候補者などが今回の選挙の時期をめぐり賭けを行っていたことが決定打になったと指摘しました。
そして、▼右派政党「リフォームUK」がイギリスのEU=ヨーロッパ連合からの離脱などを経て右傾化した保守党の支持層の受け皿になったと分析しています。
新たに誕生するスターマー政権について、細谷教授は、物価高やインフレ、またエネルギー価格の高騰などの課題を挙げ、「イギリスが抱えているさまざまな問題が即座に解消されるわけではなく新政権が成立したあともスターマー氏に対し厳しい国民の視線が向けられることになる」と述べました。
対外政策で最も難しいのはアメリカとの関係だとしたうえで「前のトランプ政権は保守党政権だったので比較的良好な関係が維持できた。もし、トランプ政権が再び誕生すると労働党とは、イデオロギー的に大きくかい離した政策になる。
そうなった時に中東政策をめぐって両国の間でさまざまな摩擦が生じてくる可能性がある」としています。
また、日本との関係について、細谷教授は労働党は伝統的にヨーロッパ大陸との関係をより重視する傾向があるとしたうえで、「『影の外相』のラミー氏は日本を依然として重視すると約束している。労働党は中道派の現実主義路線の議員が中心となっているので、インド太平洋や、日本への関心が低下することになっても、政策を大幅に修正することはないだろう」としています。
また、ウクライナ支援について、イギリスが世界をリードする従来の姿勢は変わらないとみています。そのうえで細谷教授は、「世界中で二極化が進み、極右・極左が台頭し、さらには中道が大幅に後退して民主主義の危機が論じられる中、イギリスでは中道左派である労働党が過半数を大幅に超える議席を確保し、安定的な政権運営が可能になった。民主主義の強じんさを示した結果と言える。イギリス政治の安定性や国際社会での影響力にもつながっていくと思う」と指摘しました。
新政権の外交政策は
労働党で「影の外相」を務め、新政権で外相に就任する見通しのデビッド・ラミー氏は、総選挙を前に2日、記者会見し、「進歩的な現実主義」と銘打った労働党の外交政策を説明しました。
この中で、離脱したEUへの再加盟は目指さないものの「EUとの関係のリセットが必要だ」と述べ、安全保障面の連携の強化や貿易関係の見直しを進めたい考えを示しました。
そして、イギリスのウクライナへの支援は変わらず、ロシアのプーチン政権は、イギリスやヨーロッパにとって重要な課題で、ロシアに対して強力な政策が必要だとしています。
また日本との関係については「われわれにとって極めて重要だ。ウクライナ侵攻というヨーロッパの危機に際し、日本が果たした役割は大きい」と日本の貢献を評価した上で、保守党の政権下で進んできた日本とイタリアとの次期戦闘機の共同開発を歓迎し、続けていく考えを示しました。
そして「日本が近隣国との間で直面する課題も認識している。共に課題に取り組む」と述べました。さらに中国については、保守党政権は一貫した政策を持っていなかったと批判した上で安全保障上の懸念には対応する必要があるとしながらも中国に関与し続けることが重要だという認識を示しました。
経済政策は
各党の公約を分析しているキングス・カレッジ・ロンドンのアナンド・メノン教授は、経済成長を柱にする労働党の公約について「経済成長をどのように達成するのかはっきりしていない。
経済についての公約はどちらかというとあいまいで、表面的で政権を担ったときにしなければならない厳しい選択には触れていない」と指摘しました。
その上で各地で賃上げを求めるストライキを念頭に「公共部門で働く労働者と賃上げ交渉にどう折り合いを付けるか大きな決断に迫られる」としています。
そして「低成長や低生産性といった10年または15年続く長期的な問題は解決にも長い時間がかかるだろう。一方、有権者はただちに成果が出ることを望んでいる」として、数年のうちに経済状況が好転しなければ支持者の労働党離れが進む可能性があると指摘しました。
労働党とは
労働党は1900年、イギリスで階級社会が色濃く残る中、労働者を守る立場を掲げて創設されました。
そして、1924年に初めて政権の座につくなど、保守党とともに2大政党の一角を担ってきました。
第2次世界大戦後、「ゆりかごから墓場まで」と形容される手厚い社会保障制度を築きましたが、その後、労働組合が繰り返したストライキなどへの批判が高まり党勢は低迷しました。
1997年には、自由主義経済と福祉政策の両立を目指す「ニューレーバー=新しい労働党」を掲げ、中道路線に舵を切った当時のブレア党首が圧倒的な支持を集めて政権に返り咲きます。
10年以上にわたって政権を維持しましたが、2010年に総選挙で敗れてからは党内の路線対立が表面化しました。
2015年には鉄道の再国有化や核兵器の廃絶などを掲げた左派のコービン氏が党首に就任したものの、イギリスのEU離脱をめぐる方針の違いから下院議員の多くが不信任を突きつける事態にまで発展しました。
そして、EU離脱が最大の争点となった2019年の総選挙で大敗した責任をとってコービン党首が辞任したあと、弁護士出身のスターマー氏が党首に就任し、中道路線への回帰を図ってきました。
労働党 スターマー党首とは
労働党のキア・スターマー党首はイギリス南部サリー州出身の61歳です。
工具職人の父親と看護師の母親の間に生まれ、姉が1人、下に双子のきょうだいがいます。
両親は労働党の支持者で、名前の「キア」は党の創設者の1人で、初代党首を務めたキア・ハーディにちなんで付けられたとも報じられています。
母親は難病でしたが、スターマー党首は「母の勇気と生きようとする強い意志に大きな影響を受けるとともに、公的な医療サービスへの感謝を抱くようになった」と振り返ります。
スターマー党首は一家の中で初めて大学に進み、リーズ大学とオックスフォード大学の大学院で法律を学んだあと、主に人権問題を扱う法廷弁護士として国や大企業を相手取った訴訟で存在感を示しました。
2008年に検察局の長官に就任し、政治への信頼を揺るがした議員の不正経理問題で与野党の複数の議員を起訴するなど、刑事司法への貢献が評価され爵位を授けられました。
そして、2015年の総選挙に労働党の候補者としてロンドン中心部の選挙区から立候補し初当選すると、当時のコービン党首に指名され「影の内閣」でEU離脱担当相などを務めました。
さらに、2019年の総選挙で大敗した責任をとって辞任したコービン氏の後任として2020年に党首となり、堅実な運営で党の立て直しを進めるとともに、新型コロナ禍におけるジョンソン政権の不祥事や市場の混乱を招いたトラス政権の経済政策などを批判してきました。
私生活では、弁護士時代に知り合い公的な医療サービスに勤める妻との間に2人の子どもがいます。
趣味はサッカーで、現在も週末に仲間とプレーしているほか、イングランドプレミアリーグで冨安健洋選手が所属するアーセナルの熱烈なサポーターとして知られています。
過去の政権交代
イギリスでは第2次世界大戦後、いずれも2大政党の保守党と労働党の間で8回の政権交代が行われました。
(1)1回目は1945年でした。ナチス・ドイツが降伏した2か月後、10年ぶりに行われた総選挙で、それまで戦時内閣を率いた保守党のチャーチル首相がアトリー党首率いる労働党に敗れました。
(2)アトリー首相は「ゆりかごから墓場まで」と形容されるイギリスの手厚い社会保障制度を築きましたが、1951年、76歳のチャーチル前首相が政権を奪い返しました。
(3)1964年には、保守党のダグラスヒューム政権に代わって労働党のウィルソン政権が発足しました。
(4・5)ウィルソン首相は1970年、ヒース党首率いる保守党に政権を奪われましたが、続く1974年の総選挙で第1党となり、第3党の自由党の協力を得て首相に返り咲きました。
(6)1979年には、ストライキやインフレによる社会不安が増す中、ウィルソン氏のあとを継いだ労働党のキャラハン首相に対する不信任投票が可決し、総選挙ではサッチャー党首率いる保守党が大勝し、イギリス初の女性の首相が誕生しました。
(7)保守党はサッチャー首相のおよそ12年にわたる長期政権のあとメージャー首相が就任しましたが、1997年、右派でも左派でもない「第三の道」を掲げたブレア党首のもと、労働党が18年ぶりの政権交代を果たしました。
(8)そして2010年の総選挙ではキャメロン党首率いる保守党がブラウン首相の労働党に勝ち、第3党の自由民主党との連立政権を発足させました。
今回、政権交代が行われれば、14年ぶりで、戦後9回目となります。