客がバリスタ!「めんどくさいカフェ」 店は見守るだけ、焙煎から1人で…「不安定な」味わいに気付くこと(2024年7月3日『東京新聞』)

 
 カフェなのに自分のために自分でコーヒーをいれなくてはならない空間が、目黒区周辺で月2回ほど出現する。その名は「めんどくさいカフェ」。焙煎(ばいせん)からドリップまでの全工程を客自身が担う。やり方を聞けば教えてくれるが、店側は基本的に見守るだけ。なのに、お金もとる。どんな空間か訪ねてみた。
「めんどくさいカフェ」について話す運営者の柴田靖子さん(左)と焙煎した豆を冷やす中村真暁記者=いずれも目黒区の目黒本町社会教育館で

「めんどくさいカフェ」について話す運営者の柴田靖子さん(左)と焙煎した豆を冷やす中村真暁記者=いずれも目黒区の目黒本町社会教育館で

◆記者も挑戦!自分でいれた味は…

調理実習室で開かれた「めんどくさいカフェ」の入り口

調理実習室で開かれた「めんどくさいカフェ」の入り口

 目黒区の目黒本町社会教育館の調理実習室。調理台に、フライパンのように片手で持てる焙煎器や豆を粉にするミルなどが並んでいた。記者はコーヒーの焙煎は初めて。運営する「権利能力なき社団OKATTE計画」の代表柴田靖子さん(59)に手順を聞きながら、さっそく挑戦した。
「めんどくさいカフェ」では手煎り焙煎器を使い、自分でコーヒー豆を煎る

「めんどくさいカフェ」では手煎り焙煎器を使い、自分でコーヒー豆を煎る

 焙煎器に生豆を入れ、コンロの火で煎(い)る。つんとした香りが、チョコレートや焼き芋のような甘みを帯びていく。その後、扇子であおいで冷ました豆をミルで粉にし、ドリップした。めんどくさいというより、化学の実験みたいで面白い。
 手間をかけたせいか、カップに満ちた液体が愛らしく、キラキラして見えた。わくわくしながら一口いただくと、「おいしい!」。思わず声が漏れた。柴田さんは、「みんな必ずそう言うんですよ」とにやり。費用は500円だった。

◆重度障害の娘を育てて感じた「標準的、って何?」

 柴田さんがカフェを始めたきっかけは5年ほど前、生まれつき心身に重い障害のある娘(27)が、重度訪問介護制度などを利用し、隣町で1人暮らしを始めたことだ。引っ越し先のアパートの風呂に入浴補助用の機材が入らない。誰でも利用できるバリアフリーの銭湯を実現できないかと模索しながら、誰もが尊厳ある暮らしを自分で守れる社会のあり方を考えた。
「めんどくさいカフェ」について話す運営者の柴田靖子さん

「めんどくさいカフェ」について話す運営者の柴田靖子さん

 根底にあるのは、誰かのために「標準的」であろうとすることへの違和感だ。
 娘が通った特別支援学級では自力で立てないのに立たせる練習や、手が届かない所に置かれた好きな絵本を見て視線を定める訓練が、教育として行われていた。「標準的であることを善と捉え、近づけようとする。誰もがでこぼこを抱え、標準的な人間なんていないのに」

◆失敗だらけ、なのに歓声が上がる店内

 好物のコーヒーでメッセージを形にしよう。自分のために自分でいれるカフェを昨夏に始めると、客は器具を上下逆に使ったり、豆を黒焦げにしたり。失敗だらけなのに、みな出来上がると歓声を上げる。友人や恋人同士は互いに飲み比べ、「全然違う」と大喜びだ。「1杯ずつ異なる『不安定さ』を楽しむ人を見るのはなんて心地いいんだろう」と柴田さん。「誰かのためにいれるのは反則」というルールも自然と生まれた。
「めんどくさいカフェ」でコーヒーをいれる中村真暁記者

「めんどくさいカフェ」でコーヒーをいれる中村真暁記者

中村真暁記者がいれたコーヒー

中村真暁記者がいれたコーヒー

 「FOR YOU、つまり『報 YOU(あなたに報いる)』が人を不幸にする」と柴田さんは言う。誰かが望む姿になろうとすることが本来の自分らしさをゆがめ、生きづらさを生んでいると思うからだ。気付けば自分自身も、周囲が求める女性らしさや母親らしさに縛られてきた。
 めんどくさいカフェは、そんな「誰かのため」への挑戦でもある。「一人一人が自分の基準でいれたコーヒーはみんなおいしい。一期一会、一瞬一瞬を楽しめる場に」と思いを温める。
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屋外イベントに出店した「めんどくさいカフェ」でコーヒー豆を焙煎する参加者=権利能力なき社団OKATTE計画提供

屋外イベントに出店した「めんどくさいカフェ」でコーヒー豆を焙煎する参加者=権利能力なき社団OKATTE計画提供

 カフェは月2回、不定期開催で、7月は10日と24日。詳細はインスタグラムに掲載。会費500円。申し込みや問い合わせはOKATTE計画=okattekeikaku2023@gmail.com=へ。
 文・中村真暁/写真・安江実
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