検事長の定年延長に関する社説・コラム(2024年6月30日・7月2・6日)

政権に問われる検察への介入(2024年7月6日『日本経済新聞』-「社説」)
 
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検察庁法改正案への反対運動が高まった(2020年5月)=共同
 東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年延長をめぐり、直前に行われた国家公務員法の解釈変更は「黒川氏の定年延長が目的だった」との判断を大阪地裁が示した。
 当時、安倍晋三政権に近いとされる黒川氏を検事総長に就かせるためとの批判があがったが、政府は一貫して否定してきた。検察の中立性、独立性を脅かしかねない不自然な対応だったことをあらためて示したといえる。
 政府は2020年、定年を延長できる国家公務員の規定は「検察官には適用されない」とする従来の解釈を変更した。さらに定年を63歳から65歳に引き上げる検察庁法改正案を提出した。黒川氏は定年退官間近だった。
 関連文書の情報公開を求めた訴訟で、大阪地裁は▽定年延長したのが黒川氏だけだった▽全国の検察庁に周知されなかった――ことなどを指摘。「社会経済情勢や犯罪情勢の変化への対応」などとする政府側主張にも疑問を呈し、「(解釈変更は)あまりに唐突で強引、不自然だ」と断じた。
 検察は時に政権幹部を含む政治家の犯罪を捜査する。それゆえ政治と一定の距離を保ち、法と証拠に基づいて粛々と職務にあたる姿勢が求められている。政権が不当に人事に介入すれば、こうした前提が崩れかねない。
 政府の対応をめぐってはSNSなどを通じて社会に反発が広がった。大阪地裁の判決は国民の多くが抱いた疑念に沿ったものといえる。政府は重く受け止めねばならない。
 検察庁法改正案は廃案となり、黒川氏は賭けマージャン問題で検事総長に就かないまま辞職した。だが一連の経緯はうやむやのままだ。政府はいまからでも、この間に何があったのか国民に説明する義務があるのではないか。同じ轍(てつ)を踏んではならない。
 政権の意向に従った法務・検察も責任は問われよう。近く就任する畝本直美新検事総長は、あらためて職責の重さを肝に銘じてもらいたい。

検事の定年延長 政権の介入を追及せよ(2024年7月6日『東京新聞』-「社説」)
 
 東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を延長した2020年の閣議決定を巡る情報公開訴訟で、大阪地裁は国に対し、文書開示を命じた。検察人事への政治介入は許されない。「法解釈の変更は黒川氏のためと考えざるを得ない」と断じた判決に従い、国は関連文書を早急に開示すべきだ。
 検察官の定年は検察庁法で63歳と定められ、国家公務員法の定年延長の規定は適用されていなかったが、当時の安倍晋三政権は法解釈を変更し、黒川氏の定年延長を閣議決定した。
 大学教授が関連文書の開示を求めたが、法務省は不開示としたため訴訟となった。裁判で国側は「黒川氏を目的とした解釈変更ではない」と主張したが、同地裁は定年延長が全国の検察官に周知されていないことを踏まえ、「黒川氏の退官予定日に合うよう、ごく短期間で進められたと考えるほかはない」と明確に述べた。
 当然の判断である。当時は森友学園加計学園桜を見る会を巡る疑惑、参院選広島選挙区での選挙違反事件など、政権に関連する疑惑が相次いで浮上していた。
 そのため「政権に近いとされる黒川氏を検事総長にするためだ」「検察への政治介入を許す」との批判が相次いだ。そんな国民の疑問にも応えた判決だった。
 結局、政府は検察官の定年延長を認める検察庁法改正案の成立を断念。黒川氏も賭けマージャン問題の発覚で辞職し、賭博罪で罰金20万円の略式命令を受けた。
 そもそも検察庁法は特別法であり、定年も同法の規定を優先する法原則がある。恣意(しい)的な解釈変更など許されるはずがない。
 何より検察官は独立性が求められ、政治権力を追及し得る存在である。時の政権の意向で恣意的な人事が行われれば、検察捜査に政治が介入する恐れも出てくる。
 国会審議を経ず、閣議だけで法解釈をねじ曲げた経緯は当然、国民に明らかにされなければならない。にもかかわらず法務省は「該当文書なし」と回答し、説明責任も果たさないまま放置してきた。許し難いことだ。
 法務省内の協議文書ばかりでなく、首相官邸とどんなやりとりがあったのか、国会でも厳しく追及し、解明すべきだ。不可解な定年延長の真相が明らかにされなければ、国民の「知る権利」や情報公開法の趣旨は踏みにじられる。

検察の定年延長 政府は変更経緯説明を(2024年7月2日『北海道新聞』-「社説」)
 
 東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年延長文書開示訴訟で大阪地裁は法務省内の協議記録の開示を命じる判決を出した。
 国家公務員法の定年延長規定が検察官にも適用されるとした解釈変更については「黒川氏の定年延長が目的と考えざるを得ない」と指摘した。
 これまでの政府の主張を大きく覆す踏み込んだ判決だ。
 政府がたった一人の定年延長のために国会審議も経ず、恣意(しい)的に法解釈を変えていたのであれば、法治国家の根幹を揺るがしかねない問題である。
 政府がそこまで独善的な判断をしたのだとしたらなぜなのか。背景に政治と検察のいびつな癒着はなかったか。
 政府は判決を受け入れた上で解釈変更した安倍晋三政権での経緯を改めて検証し、国民に詳細に説明しなければならない。
 当時、検察官の定年は63歳と規定されており、政府は長年「国家公務員法の定年延長制は検察官に適用されない」との見解を示していた。
 ところが政府は2020年1月、1週間後に退官を控えた黒川氏の定年を半年延長することを閣議決定し「解釈を変更した」と説明した。
 判決は、解釈変更がごく短期間で急きょ進められたとして「あまりに唐突で強引なものであり、不自然だ」と批判した。定年延長が全国の検察官に周知されておらず、黒川氏以外に対象がいなかった点も考慮した。
 三権分立の下、政府は国会で定められた法律に従い、行政を運営する責務がある。選挙に勝てば何でも許されると言わんばかりの態度は認められない。
 1強と言われた安倍政権は人事権を最大限に活用し、官邸の意に沿う官僚を重用した。それにより忖度(そんたく)がまん延し、人事がゆがんだと言われる。
 当時、官邸に近いとされた黒川氏を厚遇するのは、森友・加計問題や桜を見る会などの疑惑を抱える政権が、検察の動きを抑制したいためだとの批判があった。そうでないのなら根拠を挙げて否定する必要がある。
 近年は検察に向けられる目も厳しい。参院選広島選挙区の大規模買収事件の取り調べで供述誘導の疑いが発覚するなど、不祥事が相次いでいる。
 先月には、検察トップの検事総長に、初めて女性の畝本直美東京高検検事長を充てる人事が決まった。
 国民の信頼がなければ検察は成り立たない。畝本氏は自らも所属してきた検察のゆがみを直視し権力監視機関としての立て直しに努めなくてはならない。

検事長の定年延長 判決踏まえ政府は説明を(2024年6月30日『毎日新聞』-「社説」)
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情報公開訟の判決後、記者会見する原告の上脇博之・神戸学院大教授(左から2人目)=大阪市内で2024年6月27日午後2時40分、宮本翔平撮影
 安倍晋三政権下の検察人事に、疑念を突きつけた司法判断だ。
 問題になったのは、2020年に当時の黒川弘務・東京高検検事長の定年延長が閣議決定された経緯である。
 政府はそれまで40年近くにわたり、国家公務員法の定年延長に関する規定は、検察官には適用されないとの解釈を続けてきた。犯罪情勢が複雑化していることなどを理由に、唐突に変更した。
 これに対し大阪地裁は、関連文書の公開に関する裁判で、解釈変更は黒川氏の定年延長が目的だったとの判断を示した。
 変更が1カ月程度の短期間でなされており、全国の検察庁に周知されることもなかったことなどを踏まえた。
 閣議決定が定年の7日前で、他に延長された検察官はいないことにも触れ、「解釈変更は、黒川氏の定年に間に合うよう急きょ進められた」と結論づけた。
 他に定年延長を導入する理由や必要性を見いだすのは困難だとも指摘した。
 政府は、恣意(しい)的な対応ではないと強調してきた。しかし、司法から疑問が投げかけられた以上、国民にきちんと説明すべきだ。
 黒川氏の人事では、つじつま合わせをするかのような政府の対応が続いた。
 当時の安倍首相が解釈変更を国会で明かしたのは、従来の解釈との矛盾を突かれてからだった。
 その後、内閣や法相の判断で定年を延長できる規定を盛り込んだ検察庁法改正案が提出されたが、廃案になった。
 政治の介入で検察の公正さが脅かされかねないなどと、反対の声が高まったためだ。
 黒川氏は定年延長後、賭けマージャンが発覚して辞職した。検察官に定年延長の規定は適用されないことが検察庁法に明記され、混乱は収拾された。
 安倍政権を巡っては、「森友・加計」問題や「桜を見る会」の疑惑が表面化した。定年延長は、政権に近いと目される黒川氏を検事総長にするための措置ではないかと、野党などから批判された。
 検察の独立性に関わる問題である。うやむやにすることは許されない。政府には、真相を明らかにする責任がある。