右の写真は、サングラスとヘッドホンを着け、職場での格好を再現する高原雅之さん(本人提供)。左の写真は取材に応じた高原さん。自身の特性を理解し、仕事に生かせるようになったという
ピンクのレンズのサングラスをし、耳にはヘッドホン-。東京都内の証券会社で働く高原雅之さん(36)=埼玉県鶴ケ島市=は、こんな格好で仕事をしている。
「白い壁のオフィスはまぶしくて疲れる。周囲の音が混ざると、目の前の会話が聞き取れない」
◆「頭のスピードに手が追いつかなくて…」
子どもの時から、周囲の人を「自分と違いすぎて人として見られなかった」。生活に支障が出るほどではなかったが、大学時代の就職活動が最初の壁だった。
文字を書くのが苦手で履歴書でつまずいた。「頭で考えるスピードに手が追いつかなくて、書いているとイライラしてくる。どうしても汚い字になった」
手書きの履歴書を見た採用担当者から「やる気が感じられない」と言われた。面接で質問の意図が分からず、志望動機を「家から近いので」と答えたことも。100社以上に履歴書を送り、インターネット商材の電話営業の仕事に就いた。
◆うつ病、転職…28歳で転機
1年ほど働くも、上司とのやりとりがうまくいかず、うつ病になり退職。その後、3回転職し、1週間で辞めたこともあった。手に職をとシステムエンジニアを選んだが、同僚とうまくやりとりができず、「自信をなくし、落ち込んだ」。
障害者として働くため、精神障害者保健福祉手帳を取得。「まずは自信をつけたい」と、障害者雇用で事務職に。「給与は低く、生活はぎりぎり。だが期待も低く、プレッシャーがなかった」。余裕ができ、自分の特性に向き合えた。
「コミュニケーションが不得意で、他の人と共感のポイントが異なるため、相手の気持ちに配慮できないことがある」「曖昧な指示が分からないので論理立てて説明してほしい」
高原さんは自身の特性を「これも自分」と受け入れ、周囲に伝えた。「強みになる部分もある」と認識し、障害者雇用に力を入れ始めた大手企業に就職した。
◆「ストレス解消人形」で課題解決
「この時が一番、自分の特性を生かして仕事ができた」。
6回目の転職で配属された総務部門での任務は、従業員の満足度を高めること。アンケートで不満や問題を聞き取り、調査分析。電話対応で不満を抱える社員が多い部署に、はけ口となる「ストレス解消人形」を導入して離職率を下げた。独自の発想で次々と課題解決につなげた。
高原さんは「さまざまな特性を持つ社員が一つの企業の中にいるほうがいい」と言い切る。課題を多面的に見ることができるからだといい、こう問いかけた。
「多様性とは、障害者が健常者の中に入ってお互いの理解を促していくことじゃないですか」
◆企業の意識改革へセミナー 続く試行錯誤
発達障害に見られる特性を「障害」ではなく「脳の特性」として尊重するという取り組み「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」が2022年10月、東京・日本橋で始まった。英語でニューロは「脳、神経」、ダイバーシティは「多様性」。武田薬品工業(大阪市)が旗振り役となって企業向けセミナーなどを開き、高原さんも自身の経験を話した。
23年には企業で働く2600人を調査。発達障害と診断されていない2500人のうち、5%がASDやADHD、学習障害(LD)の傾向に「よく当てはまる、または頻繁に指摘されたことがある」と回答し、障害の特性を感じている「グレーゾーン」だった。
特性によって支障が出ないように「自分で対処している」と答えたのは、発達障害当事者が76.1%、グレーゾーンの人が54.9%と半数を超えたのに対し、周囲の人は9.9%と低い水準となった。「強い特性がなくても、生活や仕事に支障があれば障害となり、支障がなければ特性となる」と武田薬品の担当者。企業の意識を変えるため試行錯誤は続く。
◆今月の鍵
東京新聞では国連の持続可能な開発目標(SDGs)を鍵にして、さまざまな課題を考えています。今月の鍵はSDGsの「目標10 人や国の不平等をなくそう」。障害の有無にかかわらず、みんなが自分の特性を生かせるように、求められる働き方は多種多様です。障害者雇用ではない、裁量のある仕事の選択肢も必要。でも、周囲の理解の低さから選べない現実もあります。どうすればいいか。手始めに、自分の職場の課題探しからやってみます。
文と写真・戎野文菜
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