鹿児島県警の内部情報を漏らしたとして、前生活安全部長の本田尚志容疑者(60)が国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された事件を巡り、県警の対応を疑問視する声が上がっている。情報漏えいではなく公益通報に当たるのではないかという指摘と、ウェブメディアへの強制捜査によって“証拠”を確認したとする捜査手法への批判だ。識者に見解を聞いた。
■内部通報できない組織の機能不全露呈 日野勝吾淑徳大教授
県警の前生活安全部長が個人情報を含む内部文書を記者に郵送した行動が、公益通報に当たるのかどうかが議論になっている。今回の事件では、現行法の下では通報者が保護されるにはハードルが高いことや、県警の自浄作用のなさが改めて浮き彫りになった。
まず、公益通報の対象となるには、通報内容が法に抵触する事案であることが一つの要件だ。客観的な事実が明らかになっていない現時点では、前部長が主張する、野川明輝本部長の隠蔽(いんぺい)指示が違法行為に当たるかどうかは判断できない。
2020年改正の公益通報者保護法によると、通報先が報道機関の場合、保護されるには通報内容の「真実相当性」が必須になる。組織内部や行政機関への通報よりも要件は厳しい。前部長は不祥事を証明しようと、リスクを冒して証拠を持ち出さざるを得なかったのだろう。
前部長が通報先として外部の記者を選んだのは、県警の内部通報窓口が全く機能していないことに原因がある。職員が、組織の問題を相談、通報しづらい環境なのではないか。
本来、その役割は監察課が担うはずだ。そもそも職員が不正を通報する際、信頼して相談できる窓口がない時点で、その組織は健全とはいえない。
前部長は「組織を変えたい」という強い思いで、公益に関わる重大な内容を告発しようとしたと読み取れる。県警は、幹部の一人が身をていしてまで告発を試みたことを重く受け止め、説明責任を果たすべきだ。合わせて、透明性のある内部通報制度も早急に整備する必要がある。
■違和感強い強制捜査、民主主義の根幹壊す
澤康臣早稲田大教授
一連の情報漏えい問題を巡る報道を見る限りでは、県警の捜査手法に強い違和感を感じている。(別の漏えい事件で)証拠を得ようと、関係先として福岡市のウェブメディアを家宅捜索する行為はあまりに乱暴で「公益通報への報復」とも受け取れる。
取材源の秘匿をルールとする報道機関への強制捜査はすなわち、取材対象やその内容を暴くということ。常態化すれば、取材の自由が妨害され、当局が抱える問題や政策の間違いを報道機関が指摘できなくなる。結果的に、真相を知る権利を市井の人々から奪うことにつながり、民主主義の根幹を壊しかねない。深く懸念している。
捜査員がウェブメディアを運営する男性に、令状を閲読させずに証拠品を押収した可能性があると聞き、衝撃を受けた。県警は市民ではなく組織防衛を目的に、捜査力を私物化している。ましてや、令状を発付した裁判所は一体何をチェックしているのか、理解に苦しむ。
県警が県民からの不信感を払拭するための唯一の方法は、情報開示だ。7日、野川明輝本部長の「捜査終結時に説明する」という発言には失望した。説明の先延ばしともとれる行為で、事実上の説明拒否である。情報を隠して嵐が過ぎ去るのを待つつもりなのか。現時点でなぜ説明ができないのか、そこから説明すべきだ。
たとえ捜査中であっても、示せる情報はあるはず。県民に理解を求めるならば、普段からオープンにしていない情報も含めて開示し、県民と対話する姿勢が県警には求められる。
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