「小池vs蓮舫」の都知事選にどうにもワクワク感が湧いてこない理由(2024年6月15日『JBpress』)

キャプチャ
都知事選への3選出馬を表明した小池百合子都知事=6月12日午後(写真:共同通信社
 (朝比奈 一郎:青山社中筆頭代表・CEO)
■ 高揚感無き「女性候補同士による事実上の一騎打ち
キャプチャ2
2016年には、小池百合子知事と笑顔で写真撮影に応じていた蓮舫
 6月12日、東京都の小池百合子知事が、来月7日投開票の東京都知事選挙への立候補を表明しました。これで今回の都知事選は、先に出馬表明していた参議院議員蓮舫さんと小池さんという女性同士の戦いを軸とし、そこに他の候補者がどうからむかという構図になりそうです。

 都知事選が、事実上、女性候補同士の一騎打ちになるというのは、史上初のことです。保守的な日本において、ついに首都の首長のポストを女性候補同士が争うことにまでなったということを考えると、今回の都知事選は大きな歴史の転換点といえそうです。
 それだけ画期的な事態なのですが、なぜか都民の高揚感はいまひとつのように感じます。いや、率直に言えば私自身、この小池vs蓮舫の構図に、あまりワクワクしないのです。その理由を考えてみたいと思います。
 一つには、あくまで現時点まででの経過を見る限り、政治が「PR合戦」の様相を呈しているからだと思います。
 6月12日に小池さんが出馬表明をする前までは、連日、蓮舫さんの動静が注目を浴びていました。それは蓮舫さんが自らに注目が集まるよう、タイミングを読んだうえで出馬表明したからです。
 当初、3選に向けて出馬が確実視されていた小池さんは、都議会の定例会が始まる5月29日に出馬表明するのではないかと見られ、メディアも注目していました。それを察知した蓮舫さんは、おそらく小池さんの出ばなをくじこうとしたのでしょう。小池さんの出馬表明が予想された29日の2日前となる27日に出馬表明したのです。
 しっかり準備を整えいつでも名乗りをあげられる態勢を作っておいて、ドンピシャのタイミングで発表したということでしょう。これはタイミング的には実に見事でPR効果は抜群でした。
■ タイミングの読み合い
 事実、「小池氏出馬表明」を待っていたメディアは蓮舫さんの発表を受け、「小池vs蓮舫」の構図をクローズアップし、蓮舫さんは都知事選という戦いのドラマの一方の主人公に躍り出ることに成功したのです。武道で言うところの「後の先」(相手の技が繰り出されるのを見計らってそのさらに先手をとる)を取ったというところでしょうか。
 片や小池さんは、仕切り直しをせざるを得ませんでした。蓮舫さんが先手をとって作り出した土俵に乗っていくのをよしとしなかったのでしょう。じっくりタイミングをみて、「蓮舫氏出馬」に一瞬高揚したメディアのトーンが落ち着くのを見計らって、都議会が閉会する6月12日に出馬表明したというわけです。
 このように発表のタイミングを読み合い、いかに自分に世間の注目を集めるかという2人の駆け引きに注目するならば、なかなか味わい深い攻防ではありますが、候補者に票を投じる都民の立場として見れば、そんな駆け引きより大事なことがあるはずです。
 肝心かなめのこと、すなわち、2人とも都知事になってなにをしようとしているのか、まだ分かりません。2人とも公約を表明していないからです。
 先に出馬表明をしていた蓮舫さんも、「小池都政のリセット」を強調しますが、具体的な政策やビジョンについてはこれから発表する予定です。予定より遅れているとも言われています。現時点で、未来志向の政策の中身についての話は双方ともほとんど皆無で、あるのは、いかに自分に世の中の関心を引き付けるかというPR合戦だけ。だから都民は都知事選にワクワク感を感じないのだと思います。
■ 「7つのゼロ」と「2位じゃダメなんですか」
 小池さんと蓮舫さんの戦略を比較すると、象徴的に「012(ゼロ・イチ・ニ)の戦い」と言えると思います。小池さんは前回の都知事選の時、「7つのゼロ」を公約に掲げました。「都道電柱」「待機児童」「ペット殺処分」「残業」「満員電車」「多摩格差」「介護離職」をそれぞれ「ゼロ」にするというものです。非常にキャッチーな政策で、都民の注目を大いに集めました。中身はともかく、PRの巧みさという面では効果を見事に発揮した公約でした。
 ただ、そもそもかなりムリ目の目標です。結果的にはペット殺処分ゼロは達成しましたが、他の項目については達成と呼べるものはないと思います。実行できるかどうかはさておき、有権者にウケそうなアドバルーンを打ち上げるのが小池さんの選挙戦略の真骨頂と言えるかもしれません。
 「012(ゼロ・イチ・ニ)の戦い」の12(イチ・ニ)の方は蓮舫さんの戦術のことです。これは例の民主党政権時の事業仕分けの中で、スーパーコンピューター開発にかける予算の妥当性を検討する際に出た「世界一になる理由は何があるんでしょうか?  2位じゃダメなんでしょうか?」という有名なセリフを指しています。
 マスコミが押し寄せる中で飛び出したあの発言は、本人にそのつもりがあったかどうかはわかりませんが、やはり非常にキャッチーで、良くも悪くも、蓮舫さんが世間に注目を浴びる大きなきっかけになりました。タレント出身、キャスター出身という経歴も関係しているのかもしれませんが、大喜利のように、とっさにうまいことを言うのが蓮舫さんは本当に上手です。
 その能力を生かして、選挙戦でも上手に自分をPRしていくに違いありません。負けた暁には、目立つために、「やっぱり2位ではだめでした」なんて言うんではないかという邪推もしてしまいますが、いずれにせよ、PRは耳目を集める上では大事なことですが、中身を伴わなければ、一過性の花火のようなもので、都民のワクワク感を呼び起こすものにはなりません。
■ 一時の勢いが見られぬ者同士の戦い
 都知事選にワクワク感がない2つ目の理由は、誤解を恐れずに言うと、落ち目になりつつある政治家同士の戦いになっているからではないでしょうか。はっきり言えば、2人とも「上昇気流に乗っている政治家」ではなく、現状では「下降局面にある政治家」です。
 小池さんは、目黒区長選、衆院東京15区補選、都議会補選で、自らが推した候補が立て続けに落選するという憂き目に遭いました。「選挙に強い」と言われていた小池さんですが、その神話が崩れつつあるような印象です。
 参院議員4期目の蓮舫さんは、2004年の初当選時は92万票、2010年が170万票、2016年が112万票という圧倒的な集票力を誇ってきました。しかし前回の2022年の選挙では67万票ということで、共産党の候補の後塵を拝して4位。すぐ後ろの5位の方との票数にも大きな差がなく、このまま行くと次の選挙は危ういとも言われていました。集票力にも陰りが見え始めています。今回の都知事選は、自らへの注目を集めて別の選挙への弾みにするためという見方すらあります。
 そんな2人の対決なので、なんとなく盛り上がりに欠けるのでしょう。
 また、政権与党である自民党が候補を立てないのも盛り上がらない要因の一つです。そもそも政権与党が首都の首長選に独自の候補を立てないということは、基本的にはありえない事態なのですが、政治資金の裏金問題などで支持率がダダ下がりの状態では、独自候補を擁立しても勝てる見込みはないという判断です。
 伏線もありました。5月中旬、自民党都連で次期役員を決める会議が持たれましたが、そこで多額の政治資金の報告書不記載に関して党本部から処分を受けていた衆議院議員萩生田光一氏が会長に再任されました。
 筋から言えば萩生田氏は退任すべきで、他の人が会長になってしかるべきだったと思いますが、小池氏と太いパイプを持つ萩生田氏をあえて会長にし、党として小池氏に乗っかっていこうという腹づもりなのでしょう。萩生田氏の都連会長再任は、小池氏に対して「あなたの都知事3選を応援しますよ、対立候補を立てたりしませんよ」というサインだったと見て間違いありません。この構図に、都民は少々シラケているようにも見えます。
 他の候補者ということでは、つい先日まで安芸高田市長を務めていた石丸伸二さんも早々に立候補を表明し注目を集めましたが、本音での主張の根幹は「東京一極集中を是正する」というもの。言うなれば、東京にある機能、人、カネを地方に移そうということですから、都民にはちょっとウケにくい主張です。
 そういう点から見ると、石丸さんは今回の選挙で本気で勝ちを狙いに行っているのではなく、その後の展開――例えば広島県知事選への出馬――への布石にしているように感じます。その空気感も都知事選がワクワクしない要因になっているように思うのです。
■ 攻撃ばかりではなく包摂を
 これまでのところ、小池さん、蓮舫さんのPR合戦になっているということに触れましたが、小池さんはキャッチーなキーワードを駆使し、ある意味、現実離れしたような高めの目標を公約に掲げ、有権者の歓心を買ってきました。蓮舫さんは、ズバ抜けた攻撃性を発揮し、時の権力者を舌鋒鋭く批判してきた。それによって留飲を下げた有権者も多かったはずです。
 一方で2人とも、その言説が先鋭的過ぎて、世間から飽きられている・敬遠されているところも無きにしもあらず、と言えます。近年は、メディアやネットの発達で、橋下徹さんや堀江貴文さんのように、攻撃を得意とする人が世の中の支持を集める傾向が強まっているように思います。そして政界にもそのような方がどんどん増えているように感じます。
 しかし、それは本当に国民が望んでいることなのでしょうか。とくに女性政治家の強みは、人の痛みを知り、人の意見をよく聞き、そしてなるべくみんなが納得する形でまとめ上げていく「包摂型」のリーダーシップを持っていることだと思います。
 歴史的に見ても、女性の社会進出は、看護師や学校の先生などを中心に進み、つまりは、地位や報酬を提示する形でのディールをベースとしたリーダーシップ(その真逆がトランプなど)ではなく、あるべき組織像・社会像の提示など夢のある形でのリーダーシップでした。生徒や患者をリードする上で、報酬を提示するわけにも行きません。今は、まさに女性が得意とする包摂型、夢の提示など、そういうリーダーを世の中は求め始めているのではないでしょうか。
 6月2日に、港区長選挙で清家愛さんが当選しました。弊社も政策づくりをサポートさせていただききましたが、これで足立区・近藤弥生さん、杉並区・岸本聡子さん、品川区・森澤恭子さん、豊島区・高際みゆきさん、北区・山田加奈子さん(山田さんの選挙でも政策作りを弊社がサポートしました)、江東区・大久保朋果さんに続いて、東京23区で7人目の女性区長となります。まだまだ割合としては少ないですが、女性区長の誕生が相次いでいるということは、包摂型のリーダーシップに期待を寄せている有権者が多いということではないでしょうか。
 攻撃型のリーダーが増え、世の中のあちらこちらで分断が起きている今だからこそ、女性らしい包摂型のリーダーが求められているように私は感じています。小池さん、蓮舫さんは、これまでどちらかと言えば「攻撃」の面が目立っていたように思います。小池さんの「排除します」発言は、同氏が主導した希望の党の勢いを削いだことが記憶に残っていますが、攻撃性はいずれ飽きられます。攻撃性を前面に打ち出して2人の女性候補が対決するという構図になるのはちょっと残念です。温かく包み込むような包摂型のリーダーシップを感じさせてくれた方が、有権者の共感をより多く集められるのではないでしょうか。
 
朝比奈 一郎