日本人の同性カップル、カナダで難民認定までの歩み 「母娘」と偽っての暮らし「耐えられなかった」(2024年6月14日)

 エリさんは30代。大学卒業後に薬剤師の資格を得て、関西地方の公的機関で働いていた。

■カミングアウトしたら退職 

「母娘」と偽っての暮らし  2人は14年に出会い、交際を始めた。「出会ってすぐに人生のパートナーになりたいと思った」とエリさんは言う

。  だが、エリさんは職場で同性のパートナーがいることをカミングアウトしたことをきっかけに退職に追い込まれた。退職後は、薬剤師の資格を生かして、関西の薬局に契約職員として勤務したが、上司から正規職員になるよう誘われた際、薬局側に妻がいるため配偶者としての福利厚生を適用してほしいと求めると「準備が整っていないのでできない」と断られた。

 19年4月、同性婚が認められていて、外国人の旅行者であっても結婚できるカナダを旅行で訪れ、結婚した。ささやかな人前結婚式だったが、通りがかった見ず知らずの人たちが、立ち止まって式の様子を見守り、祝福の言葉をかけてくれた。「2人の関係をオープンにする夢も叶った。うれしさで涙が止まらなかった」(ハナさん)

 だが帰国すると、再び差別にさらされた。19年7月に居住市のパートナーシップ制度を利用し、証明書を取得。市内で「ふうふ」で暮らす家を借りようと思ったが、不動産業者からは「同性カップルが借りられる家は少ない」と言われ、「融通の利く大家さんだから」と紹介された家は、駅から遠く、老朽化で雨もりがした。ハナさんは言う。

「希望の条件で検索すると、数十件近く物件が出てくる。異性カップルなら新築の2LDKにも住めるのに。屈辱的だったし、パートナーシップ制度で得られるものは何もないことを痛感した」

 UR都市機構にも親族として入居できないかと問い合わせたが「民法上の親族であることが入居条件。同性カップルは親族とはみなせない」と言われた。 「カナダでは法的に家族として暮らしていたので、日本で『家族じゃない』と言われることが耐えがたかった」(ハナさん)

 その後、東海地方に移ったが、周囲の人からどういう関係かを聞かれると、その都度「母娘だ」と偽って暮らさざるをえなかったという。

 これ以上、日本で暮らすことはできない。コロナが落ち着いた21年3月、ハナさんは学生ビザを取得、エリさんはその配偶者としてカナダに入国。大学の語学学校に通っている時、カナダ政府がLGBTQ難民を適切に受け入れていることを知った。 同性婚の法整備ない日本でLGBTQの迫害と差別

 カナダは17年、性的少数者である難民認定申請者を審査する際に、当事者が抱える困難を見逃したり、保護すべき申請者を不認定にしたりすることがないよう、最新の知見や注意点をまとめた指針「ガイドライン9」をつくっている。難民認定審査をするカナダ移民難民委員会の職員向けに作成されたもので、「性自認性的指向ジェンダー表現や性的特徴を隠すことが強要されることは基本的人権の重大な侵害で、迫害に相当しうることは法律上確立されている」と明記されている。  

 さらに認定の際には、人種や宗教、年齢、社会的階級などの交差的要因を考慮することや、性的少数者家庭内暴力、住宅、雇用、教育に関する差別などさらなるリスクに直面することがあることなども書かれている。

「それまで難民は同性愛者に刑罰を科すような国の人たちを対象にしていると思っていたが『ガイドライン9』を読んで、私たちも当てはまるのではと思った」とエリさん。  自国で差別を受けた性的少数者の難民申請を支援する現地のNPO団体「Rainbow Refugee」に支援を求め、22年11月に難民申請の手続きを始めた。2人をサポートした同団体創設者のクリス・モリッシーさんは2人から相談を受けた当初の思いをこう話す。

「驚いたし、難しい挑戦になると思った。カナダにおいて日本は先進国だと認識されており、同性婚を認めていないとは思わなかった」

 経歴書、日本での経験をつづったレポート、日本の法整備の現状などを証明する証拠などあわせて200ページを超える資料を提出。担当者との面接や公聴会などを経た23年9月、カナダ移民難民委員会から難民として認める決定通知が送られてきた。

 決定通知は「日本は主要7カ国(G7)の中で唯一同性婚や同等の法整備がなく、自治体で同性パートナーシップ宣誓をしても、異性婚夫婦と同じ利益を受けられない」と法制度の不備を指摘。さらに「家父長制的な観念が根強く残る」「職場には女性に対する複合的な形態の差別が存在する」「LGBTQの迫害につながる差別が日本全体にあり、国内の別の地域に移住しても逃れられない」と、女性や性的少数者の人権が十分に守られない日本の状況を判断理由として挙げている。(朝日新聞記者・大貫聡子、花房吾早子)

AERA 2024年6月17日号より抜粋