奇抜な政見放送も新手の選挙妨害も野放し状態…政党の動きは尻すぼみ、行政も「規制は難しい」(2024年6月13日『読売新聞』)

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 衆院東京15区補欠選挙の選挙妨害事件を受けて一時高まった法改正の機運が尻すぼみになっている。
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  妨害行為を受けた各野党は補選直後から対応を検討し、日本維新の会は5月7日に選挙妨害行為を明確化した公職選挙法改正案を各党に提示。立憲民主党の泉代表も13日に「党内で法制化の作業を進めている」と記者団に明らかにした。
 ただ、維新が改正案を今国会に提出したとしても成立の見通しは立っていない。各党の協議が全く進んでいないためで、立民が党内の慎重派に配慮して消極姿勢に転じたことが大きい。
 「安倍さんに対するヤジの場合はどうなのか」
 立民内で法改正が議論された5月15日の会議で、出席者の一人はそう疑問を呈した。引き合いに出したのは、2019年参院選でJR札幌駅前で演説中の安倍首相(当時)に聴衆2人がヤジを飛ばした事案だ。
 2人を排除した北海道警の対応は、札幌地裁が「表現の自由の侵害」と認定した。警備当局の萎縮(いしゅく)を招き、のちの安倍氏や岸田首相の襲撃事件、今回の選挙妨害事件の遠因になったとの見方がある司法判断だが、安倍政権を批判してきた立民では左派を中心に認定を支持する議員が多い。
 「法改正でヤジが規制されかねない」と考える議員もおり、立民内の検討は止まった。維新の音喜多政調会長は「模倣犯を出さないためにも立法府が意思を示す必要がある」と立民の対応を批判するが、補選に候補を立てなかった自民党も当事者意識が薄いのが実情で、動きは鈍い。
 選挙活動の規制はハードルが高いのも事実だ。候補者がテレビで政策を訴える政見放送も近年、奇抜な言動などがほぼ野放しだが、行政は規制に及び腰だ。
 公選法150条は「(候補者や政党が)録画した政見をそのまま放送しなければならない」と定める。この規定が焦点となった1990年最高裁判決は、83年参院選政見放送中の差別用語をNHKが削除した対応を「(候補者や政党の)法的利益を侵害しない」としつつ、補足意見で「事前抑制を認めるべきではない」と、放送前の削除や修正が規定に違反すると明記した。表現の自由を重視したもので、総務省幹部は「規制は難しい」と語る。
 一方、判決に補足意見をつけた園部逸夫・元最高裁判事(95)は現在、当選を目的としないような政見放送は想定外だったとして、「公序良俗に照らして問題のある部分は(事前の)修正もやむを得ない」との見解を示す。
 2013年のインターネット選挙解禁時に念頭にあったのはメールやホームページなどの活用で、SNSを通じて動画の配信や中継を収益化することなどは想定されていなかった。東北大の河村和徳准教授(政治学)は、「規制は抑制的であるべきだが、13年当時とデジタル環境が全く異なる中、ネット選挙のあり方の論点を整理することは必要だ」と指摘する。
(この連載は、社会部 渋谷功太郎、増田知基、政治部 伊福幸大が担当しました)