市民は安堵?「国立市にとって景観は譲れない」…SNSで不満が拡散、富士見通りで富士山隠したマンション解体へ(2024年6月12日『東京新聞』)

 東京都国立市の「富士見通り」沿いで7月に引き渡し予定だった10階建ての分譲マンションが急きょ、解体されることになった。「関東の富士見百景」にも選ばれた富士山の眺望が、マンション建設で影響を受けるとして、周辺住民から反対の声が上がっていた。事業主の積水ハウス(本社・大阪市)によると、完成直前のマンション解体は異例といい、解体理由について「景観などについて検討が十分ではなかった」とコメントしている。(岡本太)
◆「関東の富士見百景」…当初から反対
 解体されるのは、JR中央線国立駅から約700メートルの富士見通り沿いに建設中だった「グランドメゾン国立富士見通り」。総戸数18で7000万~8000万円を中心に販売していた。今月4日付で国立市に事業中止と建物解体を届け出た。
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完成間近に解体されることになったマンション
 国立駅南口前の円形公園から南西方向に真っ直ぐ延びる「富士見通り」越しに見た富士山は、国土交通省が2005年に選定した「関東の富士見百景」の一つ。このため、21年のマンション計画公表直後から、通りから見える富士山が隠れるなどとして地元の一部住民らが反対。建設地周辺からは日当たりが悪くなるなどの意見も出ていた。
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◆市議会の陳情で高さを減らし着工
 積水ハウスは当初、市のまちづくり審議会への説明で「富士山が見えなくなることはない」としていたが、マンションの建設が進んでいた昨年冬ごろ、通りから見える富士山は半分ほどが隠れる状態になった。
 マンション建設を巡っては、当初から市のまちづくり審議会でも「景観として非常に違和感がある」と指摘され、市議会は計画の見直しなどを求める陳情を全会一致で採択。市は21年8月と22年7月、「建物のボリューム感の低減を」と求める指導書を積水ハウスに交付した。
 積水ハウス側は当初約36メートルとしていた高さを約30メートルにまで低減。それ以上の変更には応じず、市は22年11月、容積率などの要件は満たしているとして建設を承認した。23年1月に着工し、全18戸のうち一部が成約済みだった。同社は、契約者への金銭的な補償も含めて「丁寧に対応していく」としている。
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◆20年前にも高層マンション訴訟
 完成間近というタイミングでなぜ解体が決まったのか—。背景にあるとみられるのが、景観に対する国立市民の高い住民意識だ。
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(左)2001年、マンション建設前の通りから見た富士山(小野公秀さん提供)。(右)2024年3月、建設中のマンションで半分隠れる状態になった
 同市では約20年前にも、14階建てマンション建設への反対運動が起こった。周辺住民が高層階の撤去などを求めて不動産会社を訴える訴訟に発展。2006年、最高裁は住民らの訴えを退けたものの、「周辺住民が持つ景観利益は、法律上保護に値する」との初判断を示した。住民の厳しい視線を意識してか、マンションは当時、低調な販売状況を強いられた。
 今回のマンション建設でも、多くの住民が計画公表直後から反対の声を上げた。加えてネットの普及も大きかった。昨年冬ごろ、マンションの全体像が見えてくると、交流サイト(SNS)などで「富士山が見えなくなった」などの投稿が拡散され、地元だけにとどまらなくなった。
◆企業イメージを優先したのでは
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国立市。奥が国立駅、中央は「大学通り
 積水ハウスの担当者も「SNSでのご意見も、検討するきっかけの一つ」と認める。ある市職員は「事業中止の損失より、企業イメージを優先したのではないか」と推測する。
 一方、住民からはさまざまな声が上がる。近くに住む60代の男性は「国立市にとって景観は譲れない部分。ぎりぎりでも解体が決まってよかった」と安堵(あんど)の表情。別の会社員男性(58)は「景観は大事だが、こういう形でニュースになるのは残念。あらかじめ条例で高さを制限するなどの対応を取れなかったのか」と首をかしげた。