幸せへ通じる鍵穴の形は(2024年6月9日『産経新聞』-「産経抄」)

ノンフィクション作家・早坂隆氏

 本紙「正論」執筆者でノンフィクション作家の早坂隆氏には、世界のジョークを扱った著作も多い。<人々は言う。「お金は幸せへの鍵ではない」と。しかし、実際、どうであろう。お金があれば、鍵をつくることもできる>

▼著書『世界のマネージョーク集』から、スパイスの効いた1編を引いた。お金と幸福度の相関は永遠のテーマだろう。幸せへの鍵穴がどんな形なのか、小欄は寡聞にして知らない。少なくとも「¥」の形ではないと信じている。恐らくは、世の多数派に属している…はずである。

▼夏のボーナスを前に、気がかりなニュースを目にした。世論調査会社イプソス(本社パリ)の今年の調査によると「自分は幸せ」と感じる人は日本で57%、対象となる30カ国中、28位だった。最高だった平成23年の70%から下落傾向にあるという。

▼とりわけ、お金に関する満足度の低さが目につく。「自国の経済状況」は21%で、調査した計30項目の中で最も低い。「自分の経済状況」の36%も下から3番目だ。お金への感度が全体の幸福感を下げた観もあり、「¥」の形をした鍵穴が見える。

▼「幸(さち)」と「辛(しん、かのと)」のどちらにも、「¥」の記号が入り込んでいる―。早坂氏は先の書でいみじくも述べている。「辛」に線を1本足して「幸」になるほど、人生はロマンチックにはできていないらしい。だとすれば、鍵穴の形に関する当方の認識も改める必要があるかもしれない。

▼「鍵」の皮肉をなぞれば、<「辛」に線を1本足すにも、ペンを買うお金が要る>となるだろう。タブレット端末で書くという若者は、さらに高くつくはずである。お金と幸福度との関係に正しい答えというものがあるなら、授業料を払ってでも教えを請いたい。