国会の空洞化 「物書きの警鐘」に耳を(2024年6月4日『東京新聞』-「社説」)

 日本ペンクラブが「国会の空洞化に抗議します」とする声明を発表した。個別の政策や法案などについての声明や意見書はこれまでにも折に触れて発してきたが「国会の空洞化」という政治状況に対して危機感を表明するのは、異例のことだ。作家や詩人など言葉のプロが「言論の府」に突きつけた抗議であり、国会議員にはぜひ傾聴してほしい。
 声明は、会長で作家の桐野夏生さんらが5月9日に会見して発表した。
 5月10日の参院本会議で可決、成立した重要経済安保情報保護・活用法について、秘密の範囲が曖昧で、政府の恣意的(しいてき)な運用により民間人の人権を侵害する恐れがある-などと批判している。
 さらに離婚後の共同親権を導入する民法の改正や、入管難民法の改正案の問題点も指摘した。詳細はホームページで公開中だ。
 批判の核心は、こうした重要な法律や政策の数々が熟議を経ずに決まってしまう状況にあり、「国権の最高機関であり言論の府である国会の空洞化を、これ以上看過できない」などとしている。
 2012年から長く続く自公政権が、臨時国会の召集要求を拒むなど野党や異論を軽視する傾向にはかねて批判があるが、政治的にも多様な立場の表現者ら約1200人でつくるペンクラブが、改めて異を唱えた意味は重い。
 「提案」があり「異論」が出て「議論」がなされ、時に「妥協」や「譲歩」「修正」があって「結論」に至る-というのが民主主義の決定の過程だろう。政府・与党の「提案」がいつでも、すんなり「結論」に結び付くのでは、国会が機能しているとは言い難い。その意味で今回の声明は、この国の民主主義の現状に対する警告とも言えるのではないか。
 かつてペンクラブ会長を務めた作家の故井上ひさしさんは「物書き」を、危険が迫ったらいち早く警鐘を鳴らす存在として「炭坑のカナリア」にたとえた。今回の声明も、時代と人間を見つめ、今起きている問題を言葉で表し、広く伝えることを務めとする人々ならではの義務感の発露だろう。
 有権者も、国会議員が国民の負託にふさわしい議論をしているかどうか、厳しく見守りたい。

キャプチャ
日本ペンクラブ声明「国会の空洞化に抗議します」(2024.05.09)】
 私たちの身の回りの生活、そして国の未来のありように大きな影響を及ぼす重要な法律や政策が、十分な議論も経ないまま、次々と決まっていくことに大きな危機感を持っています。
 今国会で審議されている法案の数々、とりわけ以下の三つの法律について、国会議員各位に、そして広く社会の成員全体に対して、いまなぜ必要なのか、その運用を含め格別の留意を払うように求めたいと思います。
【1】経済安保秘密保護法については、秘密の範囲が曖昧であり、政府の恣意的な運用によって一般民間人の人権を侵害する恐れがあると指摘されています。さらに、取材・報道の自由にも制約がかかって、自由な表現活動を阻害する恐れがあります。
【2】昨年強行採決され、本年6月施行の改定入管法については、本来、生命の危機にある難民を、日本の国の都合で本国に強制送還する危険性が除去されていません。そもそも入管施設の非人道的な運営体制の改善がまず優先されるべきであって、こうした基本的な見直しがないままに今国会で更なる改悪がなされようとしていると言わざるを得ません。
【3】共同親権法については、当事者の声が生かされず、なぜ拙速な制度改定をするのか理解できません。子どもの親権の問題の前提として、今までも、そして今現在も、家庭内暴力等で苦しむ人が数多くいます。弱い立場に置かれがちな女性と子どもの状況を配慮すべきなのに、むしろ古典的な悪しき家族観が色濃く反映しているとさえ言えるものです。
 私たち日本ペンクラブは、国権の最高機関であり言論の府である国会の空洞化を、これ以上、看過することはできません。自由で開かれた、そして尽くされた議論の存在こそが、民主主義の礎です。自由な言論や表現が危機を迎えていることに、深い憂慮の念を抱いております。
2024年5月9日
一般社団法人日本ペンクラブ
会長 桐野夏生
上記声明で取り上げた法律(案)の正式名称は以下の通りです。
・重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律
出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律
民法等の一部を改正する法律
日本ペンクラブ声明「国会の空洞化に抗議します」に関する意見書
言論表現委員会
獄中作家・人権委員会
女性作家委員会
環境委員会