1989年6月5日、北京の天安門広場近くの大通りで、戦車の前に立ちはだかる男性(ロイター=共同)

 中国共産党政権が学生らの民主化運動を武力弾圧し、多くの犠牲者を出した天安門事件から4日で35年になる。遺族の会「天安門の母」が今年も当局の責任追及や謝罪を求めたが、共産党政権は無視したままだ。

 非人道的で断じて容認できない。

 中国では6月4日を前に遺族や人権活動家への監視が強化された。ネット上では天安門事件や関連用語に加え、6月4日を表す隠語の「5月35日」も検閲対象である。異常というほかない。今年の6月4日も外国メディアを通じてこうした現状が世界に発信されることだろう。

 中国本土だけではない。一国二制度の下、事件の追悼活動が認められていた香港も「表現の自由」や「集会の自由」が奪われてしまった。香港国家安全維持法(国安法)が2020年に施行されて以降、追悼集会は事実上禁止され、香港大にあった犠牲者を追悼する彫像「国恥の柱」も撤去されたままだ。

 国安法を補完するため、3月に施行された国家安全条例違反で先日逮捕された市民たちも、天安門事件の追悼を巡るネット投稿が問題視された。

 香港は、共産党政権に支配されれば自由がどのように奪われていくかを示すショーウインドーのようだ。毎年6月4日が近づくと香港の〝ビフォー〟と〝アフター〟が報道され、世界中の人が知るところとなる。

 習近平政権は自分で自分の首を絞めていることに気付かないのだろうか。アジア・アフリカなどには中国との関係が深い非民主国家が少なくない。こうした国々で生きる人々も、中国の影響力が強まればどうなるのかが6月4日を通じて分かる。

 台湾のように中国への恐怖、反感が広がるのは当然である。これ以上、反中・嫌中の種をまき続けたくなければ、犠牲者数などの情報を公開するとともに責任を認めて謝罪し、恥辱の歴史を清算すべきではないか。

 天安門事件後、真相究明と責任問題を曖昧にしたまま、率先して対中制裁を解除したのは日本政府である。岸田文雄政権は苦い経験を忘れず、毎年6月4日を「中国に人権問題の改善を迫る日」としたらどうか。自由を奪われた中国や香港の人々にとって、アジアの民主国家で隣国の日本への期待が小さくないことも忘れてはならない。