日曜劇場に新風を吹き込んだ『アンチヒーロー』 4人の脚本家体制は日本のドラマを変える?(2024年5月26日『リアルサウンド』)

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 これまで謎が多かった『アンチヒーロー』(TBS系)だが、第6話の放送を終えて、物語の全貌が見え始めた。
 日曜劇場(TBS日曜21時枠)で放送されている本作は、無罪を勝ち取るためなら手段を選ばない敏腕弁護士・明墨正樹(長谷川博己)が主人公のリーガルドラマ。
 劇中では毎回、様々な裁判が描かれるのだが、事件の被害者ではなく加害者かもしれない人物を弁護するのが、本作の面白さだ。
 明墨が率いる明墨法律事務所は法に触れないギリギリの手段で対立する被害者と接触し、裁判で有利になる証拠や証言を集めていく。印象としては詐欺師たちが騙し合っている姿を見ているようで、後味の悪い終わり方も多い。
 また、話が進につれて明墨を中心とした複雑な人間模様が紐解かれていくのだが、彼を取り巻く人間ドラマも本作の見どころだ。
 法律事務所内では明墨のやり方に疑問を感じながらも何か目的があるのではないかと若手弁護士の赤峰柊斗(北村匠海)は考えており、彼の視点を通して明墨の謎が少しずつ明らかになっていく。 
 どうやら明墨は元検事らしく、12年前に千葉県で起きた糸井一家殺人事件の犯人とされ死刑囚となった志水裕策(緒形直人)の冤罪をはらすことが目的のようだ。だが、たとえ有罪だとわかっていても依頼人の無罪を勝ち取るというのが彼のやり方なので、志水が本当に無罪なのかはまだわからない。
 毎話登場する裁判の背後では明墨たち弁護士と検事、裁判官、警察、政治家といった組織の複雑な思惑が蠢いている。とにかく観るべき要素の多い複雑なドラマというのが本作の印象だが、脚本を担当しているのは山本奈奈、李正美、宮本勇人、福田哲平の4人。
 複数体制の脚本は珍しくないが、全話に4人の名前がクレジットされているのがユニークなところだろう。
 プロデューサーの飯田和孝のX(旧Twitter)によると、本作は4人の脚本家で70ページほどの全話のアウトラインを作り、そこから脚本を起こしていったという。そして1話と2話は全員で練り、3~5話は担当制にして執筆。そこから全員でまた練り上げ統一感を加えて行くという流れで全体のクオリティを上げていったという。
 福田以外の3人の脚本家は昨年、日曜劇場で話題になったドラマ『VIVANT』に参加している。豪華な出演俳優やモンゴルロケによるスケールの大きな映像など見どころの多い『VIVANT』だったが、個人的にもっとも感心したのが細部まで作り込まれた脚本で、あの作品の成功は複数の脚本家によるチーム体制で徹底的に脚本を練り上げたことにあったのではないかと思っている。
 『アンチヒーロー』はプロデューサーの飯田を中心とした『VIVANT』のチームによって制作されているが、集団作業によって練り込まれた脚本は『VIVANT』での経験が活かされており、より洗練されてきているという印象だ。
 また、『半沢直樹』を筆頭とする日曜劇場の話題作を手がけてきた福澤克雄(原作・チーフ演出)と八津弘幸(脚本)の個性が全面に出ていた『VIVANT』と比べると『アンチヒーロー』はよりダークな物語となっており、これまでの日曜劇場にはない新風を吹き込むことに成功している。
 日本のテレビドラマは、1人の脚本家が全話を執筆するケースが多く、良くも悪くも1人の脚本家の作家性に依存したものとなっているため、クオリティの落差が激しい。対して、海外ドラマで主流となっている全体を統括するショーランナーの元で複数の脚本家がチームを組んで各話を仕上げるという脚本執筆方法は、うまく転がすと作品全体の底上げが可能になる。
 これまで国内では定着してこなかったやり方だが、2019年にNetflixで配信されたドラマ『全裸監督』を筆頭に日本でも少しずつ取り入れられつつある。『アンチヒーロー』のような法律等の専門知識が求められる複雑な群像劇を一人の脚本家が受け持つことには限界があるため、複数の脚本家チームによる脚本執筆は、地上波のテレビドラマでも定着していくのではないかと思う。
 そんなチームによる脚本執筆の成果がいよいよ出てきたなと感じたのが第6話である。
 赤峰は、これまで明墨が担当してきた裁判の関係者が、糸井一家殺人事件と関連していることに気付き、情報漏洩事件の裁判を担当している判事の瀬古成美(神野三鈴)が糸井一家殺人事件で、志水に有罪判決を言い渡したことを知る。
 明墨の目的は瀬古判事の背後にある闇を暴くことで、そのためにこの裁判を引き受けたことが明らかとなる。そして、これまで行ってきた容疑者を無罪にする裁判は、背後にいる裁判官や政治家の闇を暴くために仕掛けたものだったことが明らかとなる。
 事件を起こした容疑者の弁護ではなく、裁判の背後にいる冤罪を仕組んだ権力者との戦いこそが真の目的だと判明したことで、今まで無関係に思えたこれまで描かれてきた裁判が一つにつながり、新たな意味を帯びる構成は実に見事だ。
 複数の脚本家によるチームプレイだからこそ実現できた、実に練られた展開である。
成馬零一
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