文科省の抗議 報道への不当な圧力だ(2024年5月25日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 報道機関へのあからさまな圧力である。文部科学省がNHKに対して「一面的な報道だ」として抗議する文書を出した。
 教員の給与制度について「定額働かせ放題とも言われる枠組み自体は残る」と報じたことを、「国民に誤解を与えるような表現」だと述べている。初等中等教育局長名で出し、文科省のホームページに掲載した。
 公立学校の教員の給与は、残業代を払う代わりに、基本給の4%を調整額として一律に上乗せしている。中央教育審議会の特別部会が、これを10%以上に引き上げる「審議のまとめ」を了承したことに関する報道だ。
 残業代を払わない仕組みが長時間の労働を常態化させ、教員を疲弊させている実態が現にある。それが現場の教員や教育学者らの間で「定額働かせ放題」と形容され、批判されてきた。
 NHKの報道は、そのことに触れた論評の範囲を出ない。文科省が局長名で抗議文まで出すのは、明らかに行き過ぎである。
 見解の相違があるなら、それを説明すればいい。報道のあり方に政府が口を挟むことは、事実上の検閲になりかねず、報道・言論の統制につながる危うさをはらむ。文書は撤回すべきだ。
 文科省は、NHKの報道を「大変遺憾」だとし、丁寧な取材に基づく公平・公正な報道を求めてもいる。報道の自由やメディアの役割についての認識を疑わせる、尊大な態度と言うほかない。
 報道機関が政府から指図を受けるいわれはない。NHKは、一面的な報道だという指摘はあたらないと述べているが、毅然とした対応で不当な圧力を押し返す必要がある。抗議に萎縮し、おもねることがあってはならない。
 政府、与党による報道への介入や圧迫は、安倍政権以降、目に見えて強まった。2015年には総務相が個別の報道番組の内容に立ち入ってNHKを厳重注意したほか、番組が政治的な公平を欠く場合、放送局に電波の停止を命じる可能性にまで言及している。
 自民党は総裁選や総選挙に際して「公平・公正な報道」をメディア各社に繰り返し要請してきた。報道の公平・公正は、あくまで各社が自ら判断し、確保すべきことであって、政治権力による干渉こそ排さなくてはならない。
 今回の抗議も、同じ構図の中にある。メディア全体に関わる問題として、報道機関それぞれが、主権者の知る権利に応える役割を再確認する必要がある。