骨折がきっかけで認知症の母の「排せつトラブル」が深刻化 家族を悩ます困った問題に心が折れそうになった(2024年5月24日『介護ポストセブン』)

キャプチャ
介護タクシーにのる母の姿
 作家でブロガーの工藤広伸さんは、岩手・盛岡でひとり暮らしをしている認知症の母を遠距離介護している。あるとき母が転倒して骨折してしまう事態に。岩手に住む妹と協力して母の様子を見守る日々となった。幸い骨折は軽傷だったのだが、予期せぬ困った問題が次々と起こり――。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(80才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHKニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。
著書『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)など。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
母の骨折で認知症介護はどう変わった?
 母が自宅の居間で転倒し、左足親指の付け根を骨折。このことで生活のリズムが大きく変化し、認知症介護が一気に大変になっていきました。
 骨にひびが入って立てなくなった母は、家の中をハイハイか、座った状態のままお尻を使って移動するようになりました。そのため、立って歩いていたときよりも目線の位置が低くなり、今まで目に入らなかったものが気になるようになったのです。
 寝室で座っていた母が手に取ったものは、10年以上使っていなかった未開封の使い捨てカイロ。洋服ダンスの最下段にあったのですが、母はカイロの存在に気づいていなかったので、いつか廃棄しようと思いながらも、そのままにしてありました。
 しかし目線が低くなったことで、母はそのカイロに気づいてしまったのです。カイロを持った母は、寝室から居間までハイハイで移動し、コタツの上に置きました。しかし、認知症でカイロを認識できない母は、それを「謎の袋」としてまじまじと見つめていました。
 母はコタツの上にあるものを「食べ物」と認識しがちで、冷蔵庫の中からコタツの上に持ってきた脱臭剤を誤食してしまったこともあるので不安がよぎりました。このままコタツの上にカイロを置いていたら、袋を開けて中身を食べてしまうのではないか…。
 この時わたしは東京に居たので、見守りカメラを通じて岩手の母に「コタツの上のもの、食べちゃダメだよ!」と2時間ほど、声掛けをしました。その後仕事から帰ってきた妹に、カイロを片づけてもらって、何とか誤食を防ぐことができました。
排泄のトラブルが頻繁に…
 母は、昼間は家のトイレを使いますが、夜間は寝室に置いているポータブルトイレを使ってもらっています。骨折によって生活環境が変化したからなのか、トイレまでの移動が難しくなったせいなのか、このところ、思わぬ場所で粗相をしてしまうことが増えてきました。
 母はいつもリハビリパンツを履いているのですが、尿意や便意をもよおすとリハパンを脱いで、畳やこたつ、チラシの上など、トイレ以外の場所で排せつしてしまうことが増えました。リハパンをはいたままでの排せつなら、それを交換すれば済む話なのですが、おそらく母は、リハパンを布の下着のように感じていて、「汚してはいけない」と思っているのかもしれません。
 介護する家族は大変で、こたつ布団の洗濯や畳の掃除など、いつも以上に時間がかかってしまいます。
 あまりに大変なこの状況を回避するために思いついたのが、ポータブルトイレの移動です。3年前から寝室で使っていたポータブルトイレを、昼間は居間に置き、夜は寝室に戻し、常に母の近くにポータブルトイレがある状態にしてみました。
 しかし、使い慣れているはずのポータブルトイレですが、居間で用を足すことに違和感があったのか使ってくれません。それでもなんとかならないものかと考え、100円ショップで買ったシールに「トイレ」と書いて貼ってみたのですが、あまり効果はありませんでした。
 掃除や洗濯などの失禁の後始末に追われるうち、母は少しずつ歩けるようになり、家のトイレを使えるようになったので、この問題は2週間ほどで解決しました。
 しかし、骨折のケアや見守り、排せつの問題で参っている中、さらに新たな問題が起こりました。
母の部分入れ歯が2日続けて割れた!
 母は上下ともに部分入れ歯を使っているのですが、わたしが入れ歯の洗浄をしていたとき、突然「パキッ」という音がして、上の入れ歯が割れてしまいました。
 実は前日に、歯医者で下の入れ歯を治したばかりだったのです。下に続いて、上の入れ歯も割れてしまうとは!
 上の入れ歯のばねの部分が破損し、残っている歯に入れ歯を引っかけられなくなってしまいました。この日は、歯科医院が休診日だったので、対応は翌日になります。急遽、入れ歯がなくても食べられそうな食事を用意し、上の入れ歯が使えなくなってしまったことをデイサービスにも連絡して共有しました。
 翌日、母をデイサービスに送り出したあと、わたしは破損した上の入れ歯を持って歯医者へ行って状態を診てもらってから、母を連れて行く日の予約をしました。そして後日、母を車いすに乗せて歯医者へ行き、上の入れ歯の修復や調整を相談しました。
 医師は、わたしが東京と岩手を往復して介護していることや、母と一緒に繰り返し通院する姿に心を寄せてくれたのでしょう。また入れ歯が破損しないよう、上下の入れ歯をすべて作り直し、強度のある入れ歯にしようと提案してくれたのです。この医師の対応には感謝しています。
骨折はよくなるけど、認知症は進行していく現実
 母の骨折で在宅介護を大変だと感じることが多くなってしまいました。「しれっと」をモットーとしているわたしですが、そんな日々の中で、ある思いがふと湧いてきたのです。
「いっそのこと、骨と同じように認知症も治ってくれたらいいのに…」
 母の認知症は発症から11年が経ち、一時的に症状が改善されることはあっても、緩やかに進行していて、よくなることはありません。一方で骨は少しずつよくなっていて、痛みはあるものの立ち上がれるまでになりました。そんな現実が切なくなって、感情的になってしまったわたしは母に対して強い口調になってしまうことが増えていきました。
 それでもやるべきことはやっているし、あまり自分を責め過ぎないよう意識をしています。
 気持ちを立て直し、骨折の治癒のほうは期待しながら、日常生活を取り戻すまで見守っていきたいと思っています。
 今日もしれっと、しれっと。
注;しれっと=物に動じないさま、けろっとして何も問題にするものはないという態度であるさま、また、何事もなかったように厚かましくふるまうさまを表わす語。