袴田巌さん再審 検察側が死刑求刑 戦後5件目、無罪の公算大(2024年5月22日『毎日新聞』)

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袴田巌さん=代表撮影
 1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪で死刑が確定した袴田巌さん(88)に対し、検察側は22日、静岡地裁で開かれたやり直しの裁判(再審)で、死刑を求刑した。
 「複数の証拠が(袴田さんが)犯人であることを指し示している。犯行は冷酷、残忍で、33年間勾留されていたとはいえ、量刑を変更するものではない」と理由を述べた。
 死刑囚に対する再審公判での死刑求刑は戦後5件目。過去の4件ではいずれも無罪判決が出ており、今回も無罪となる公算が大きい。
 再審公判では、確定判決が有罪の最大の根拠とした犯行時の着衣とされる「5点の衣類」が、袴田さんのものと言えるかどうかが最大の争点となった。
 衣類は事件から約1年2カ月後、袴田さんが勤務していたみそ工場のみそタンク内から見つかり、血痕が付着していた。血痕には赤みが残っていたとされる。
 弁護側は、法医学者の見解や弁護側の実施した再現実験に基づき、1年以上みそ漬けにされれば、化学反応により血痕の赤みは消失すると主張した。
 「血痕に赤みが残っていたことは、5点の衣類が捜査機関による捏造(ねつぞう)であることを示している」とし、袴田さんの無実を訴えた。
 これに対して検察側は、みそタンク内の酸素濃度は低いため、長期間みそ漬けされた血痕は化学反応が進まず、赤みが残る可能性があると反論した。
 5点の衣類の血痕の色合いに不自然な点はなく、「(袴田さんの)犯行着衣だという事実を否定されることはない」と述べた。
 再審請求審で東京高裁は2023年3月、長期間みそに漬かっていた衣類の血痕に赤みが残っているのは不自然だと言及。捜査機関による捏造の可能性にも触れて、再審開始を認めた。
 検察側は特別抗告しなかったが、同年10月に始まった再審公判で有罪主張を続けていた。【井口慎太郎、丘絢太、巽賢司】
 
袴田事件の極刑にこだわった検察 「メンツ保持」否定する幹部たち(2024年5月22日『毎日新聞』)
 
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弁護団が主催した報告集会で弁護団長の西嶋勝彦弁護士と握手を交わす袴田巌さん=静岡市で2023年3月21日午後2時24分、二村祐士朗撮影
 
 検察が選択した求刑は、56年前の確定審と同じ「死刑」だった。1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審公判。無罪が言い渡される公算が大きい中で、検察側はなぜ有罪主張にこだわり、極刑を求めたのか。
 事件では2014年に静岡地裁が再審開始決定を出し、その後に東京高裁が決定を取り消したものの、最高裁が審理を差し戻し、東京高裁も23年3月に再審開始を認めるという異例の経緯をたどっている。
 検察側が有罪立証にこだわるのは「メンツのためだ」との批判があるが、ある検察幹部は「虚心坦懐(たんかい)に証拠を見た結果だ。メンツのためであるわけがない」と語った。
 検察側は再審公判で、袴田さんが事件を起こしたと主張する理由を次々に列挙した。
 袴田さんの実家から「5点の衣類」の一つであるズボンと生地が一致する布端が見つかった▽袴田さんの左手中指にあった傷は事件時に負ったと考えられる▽「5点の衣類」の一つであるシャツの右袖に付いた血痕は、袴田さんと同じ血液型だった――といった具合だ。
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 別の検察幹部は「これだけの証拠があるということをしっかり提示した」と説明する。
 最大の争点である5点の衣類に付いた血痕の赤みに関する弁護側の主張に対する反論に終始せず、防戦一方にならないように腐心した様子が見て取れる。
 事件では4人が殺害されており、有罪主張を維持するのであれば死刑求刑は既定路線だった。
 ただし、再審開始を認めた23年の高裁決定は、検察側が今回挙げている有罪主張の理由の多くを検討した上で、「袴田さんを犯人と推認させるものではない」と退けている。このため、再審公判での有罪は難しいとみる検察関係者は少なくない。【北村秀徳、岩本桜】
 
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袴田巌さん再審、判決は9月26日 姉秀子さん「巌を人間らしく」(2024年5月22日『毎日新聞』)
 
 1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪で死刑が確定した袴田巌さん(88)のやり直しの裁判(再審)は22日、静岡地裁で結審し、地裁は判決期日を9月26日に指定した。
 審理の最後に、袴田さんに代わって出廷した姉秀子さん(91)が法廷で意見陳述し、「巌はいまだに妄想の世界にいる。どうか、巌を人間らしく過ごさせてくれるようにお願いします」と訴えた。
 検察側は22日の公判で、袴田さんに対して死刑を求刑した。一方、弁護側は改めて無罪を主張した。【丘絢太】
 
それでも拘置続けるのか…袴田事件、再審決めた元裁判官の胸の内(2024年5月3日『毎日新聞』)
 
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水野智幸弁護士(写真右)の質問に答える元裁判官の村山浩昭弁護士=浜松市中区利町の浜松復興記念館で2024年4月20日午後3時28分、丘絢太撮影
 偏見や先入観を持たずに判断した--。1966年に一家4人を殺害したとして強盗殺人などの罪で死刑が確定した袴田巌さん(88)のやり直しの裁判(再審)で、2014年に再審開始を認めた元裁判官の村山浩昭弁護士が、決定に至るまでの経緯や心情などを振り返った。4月の講演で、同裁判の弁護団に参加する水野智幸弁護士の質問に胸の内を明かした。【構成・丘絢太】
 ――村山さんを含めた3人の裁判官が14年の再審開始の決定を出した経緯は。
 ◆振り返ると(袴田さんが犯行時に身につけていたとされる「5点の衣類」の)DNA型鑑定やみそ漬け実験など、弁護団がこれまでとは違った証拠を出してくれたことが大きいですね。偏見や先入観を持たずに、「確定審はこうだった」という議論をせずに、「今の証拠はどうなのか」ということを考えました。
 ――注目される裁判で決定を降してつらいと思ったことは。
 ◆まったく思いませんでした。いろいろと言われたりすることもありましたが、私を含めた3人の裁判官の中でそういった話はありませんでした。
 ――衣類の色調変化に踏み込んだ判断だったが、DNA型鑑定の結果だけでも再審開始の決定を出せたか。
 ◆(証拠として)認められるので、両方とも書こうと思いました。DNA型の話はかなり技術的で科学者の間でも意見が割れる可能性がありました。当時も検察側はさまざまな学者の意見をぶつけてきました。それに対して色調の問題はすごく原始的な話です。みそ漬け実験などから「赤には見えない」という原始的な事実は否定できないと思い、DNA型と色調の2本にしました。
 ――死刑執行と拘置の停止はセットで考えていたか。
 ◆最初からそうだったとは答えにくいですね。いろいろな観点から考えた結果です。死刑判決を下された人が釈放されたら逃げたり、自殺してしまうのではという疑いも当然あります。しかし、袴田さんの場合は(証拠の)捏造(ねつぞう)が疑われるということをはっきりうたっています。「それでも拘置し続けるのか」ということを踏まえた決定でした。
 ――再審法改正の議論で裁判所に求められる姿勢は。
 ◆まず最高裁が自ら現在の規定では限界があるということを認めた方がいいですね。再審事件をしっかりと判断したいという裁判官も大勢います。そうした人たちがやりやすいようにするのが最高裁の役目ですね。
 ――現役のときはそうした声は上げなかったのですか。
 ◆確かに「法律が変わってくれればいいな」という思いはありました。ただ、自分の能力と努力が足りずに法律のせいにしていると思われたくなかったのがあったと思います。
 ――裁判官人生を振り返ると。
 ◆苦しい人生でした。しかし、裁判官は自分で結論を決めることができます。民事事件を担当したときには和解案を双方に提示して紛争を終わらせることもできました。たまに裁判所を去る人たちから「ありがとうございました」と言われて、「いいことをしたな」ってうれしくなりましたね。(裁判官を)嫌になって辞めようと思ったこともありましたが、結局、定年まで続けてしまいました。