食品スーパーの存在が「介護予防」に役立つ?
食品スーパーが歩いて行ける近い場所にあるのは、高齢者にとってとても大事なことだと、高齢者に関する研究活動を行う筆者は思っています。
第一に、買い物と料理が習慣になります。何を作ろうかと考えをめぐらせ、調理・盛り付け・洗い物・片付け…と知らないうちに頭も体も使います。これを毎日行う人とそうでない人には、心身の状態に差が出てくるでしょう。
第二に、自分で作るから食べたいものを食べられるでしょうし、栄養面にも気を配ります。そして第三に、スーパーまで毎日歩くことがよい運動になり、知り合いに出会って立ち話をするきっかけにもなります。
食品スーパーの存在によって、運動・栄養・交流といった高齢期の健康維持にとって重要な要素が、自然に満たされるというわけです。
深刻化する「買い物難民」問題
実際、「食品スーパーが近くにある方が、高齢者の健康が維持されやすい」という研究はいくつもあります。
2019年に東京医科歯科大学の谷友香子氏が発表した論文によれば、「近隣に食料品店が少ないと、死亡リスクが1.6倍になる」そうです。65歳以上の高齢者4万9511人を約3年間追跡調査した結果、近隣に野菜や果物が手に入る店が「たくさんある」と回答した人に比べて、「あまりない」と答えた人の死亡リスクは1.59倍、「全くない」と回答した人は1.56倍となりました。
「近隣に生鮮食料品店が増えると、歩行時間も増える」という調査もあります。千葉大学予防医学センターの小林周平氏が発表したものですが、2016年と2019年の3年の間で、近隣に「生鮮食料品店が増えた」と回答した人は、1日当たりの歩行時間が12%増えた一方、「増えていない」と回答した人の歩行時間は3年前と変わりませんでした。同氏は「生鮮食料品店が地域に増えることは“歩きたくなるまちづくり”に役立ち、暮らしているだけでおのずと健康に近づける環境の実現に有効かもしれません」と結んでいます。
しかしながら、現状は「買い物難民」「買い物弱者」と呼ばれる問題が起こっています。
農林水産省の農林水産政策研究所が発表したデータによれば、自宅から店舗まで500メートル以上かつ自動車の利用が困難な高齢者を「食料品アクセス困難人口」として推計すると、その数は2020年に全国で約904万人でした。これは高齢者人口の約25%になります。
500メートルは、高齢者の歩行速度を秒速1メートルとして500秒、つまり8分くらいですから、若い人ならそう遠くもないと感じるでしょうが、買い物をして重いものを持って帰って来なければいけないので、難しくなる高齢者も少なくないはずです。
「買い物難民」と聞くと過疎地を想像してしまいますが、人数では東京が最も多く、約203万人となっており、都市部でも無視できる問題ではないことが分かります。そして、小売店舗の廃業や商店街の衰退が進む今後、この問題は深刻化していく可能性が高いでしょう。
「ネット通販や宅配サービスを使えばいいじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、事は単に食料品が手に入ればいいというだけではなく、運動や交流、頭を使うといった高齢期の健康維持に関わることであって、残念ながらネット通販はそれらの解決策にはなりません。行政やNPO、民間企業などが移動販売や配達サービス、乗り合いバスといった策を講じて、この問題の解決に取り組んでいますが、同じ理由で十分とはいえません。
住み替えも選択肢に?
これからは人口減少を背景に、食品スーパーだけでなく、さまざまな生活利便施設が減っていくでしょう。であれば、特に高齢者は、歩いていける商業施設などがある場所に住み替えるという方法も検討した方がいいかもしれません。
近くに食品スーパーがあることは、単に食品を手に入れやすいというだけではなく、よい生活習慣の実現を通じて健康維持につながるからです。商業施設側にとっても、購買力のある高齢者が増えるのは魅力的に違いありません。大きな高齢者向けの集合住宅ができたすぐ近くに、食品スーパーが新設された例も、筆者は実際にいくつか目にしています。
別の観点では、魅力的な食品スーパーが近くにあることは、高齢者住宅を評価する際の必須条件といえます。建物が豪華で、レストランなどの施設があって、その他多様なサービスが提供されていたとしても、その場で生活が完結してしまって、外出もせず家事もしなくていいような暮らしは、心身の健康にとっていいはずがありません。かえって衰えが進んでしまいます。
もちろん、食品スーパーが高齢期の問題を何でも解決してくれるはずはありませんが、ちまたにあふれる単発のサービスや商品とは違って、食品スーパーという存在には、高齢期の生活習慣をよくするための要素がいくつも詰まっていることは確かです。
NPO法人・老いの工学研究所 理事長 川口雅裕