「爆弾告発」のウラで
「告発状といえば、こんなのも送られてきたんですが……」
旧知の千代田区議からこう声をかけられ、A4版5枚の文書を見せられたのは、昨年11月初旬のことだった。
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文書は2021年1月の千代田区長選で樋口高顕氏が、小池百合子都知事の圧倒的な支援を受け、38歳の若さで初当選したカラクリを明かすもので、こう綴られていた。
<小池知事の学歴問題を隠蔽するために樋口氏が多大なる貢献をしたからです。ご承知の通り、カイロ大学は2020年6月9日、駐日エジプト大使館のFacebook上で声明を発し、小池知事の卒業を正規のものと認めただけでなく、それに疑問を呈することは大学への名誉毀損であり、エジプトの法令に基づいて対応を検討すると警告しました。(中略)実はこの声明の原案は樋口氏が作成を主導したものです>
結果として文書は、約5ヵ月後の4月10日、“日の目”を見ることになる。『文藝春秋』5月号で小島敏郎・元都民ファーストの会事務総長が、「私は学歴詐称工作に加担してしまった」とする爆弾告発を行った。
そのなかでは、元ジャーナリストのA氏が作成したという「駐日エジプト大使館のフェイスブックに上げられたカイロ大学声明文の文案」が示されており、それとほぼ同じものが千代田区議会に出回った告発文にも掲載されていた。「ほぼ」というのは、小島氏の記事にあるA氏作成の文案が日本語で、千代田区告発文が英語の違いだ。インパクトは同じである。
日付は令和4(2022)年5月24日だった。黒鉄喜久蔵(ペンネーム)と記され、続報も示唆されていたが、それはなかった。当時、千代田区では「もうひとつの告発文」が話題だった。
メール文章の信憑性
千代田区で公共工事に影響力を行使する自民党の嶋崎秀彦区議に関するもので、「千代田区元契約課職員有志」が差出人となり警視庁捜査2課に次のような告発文を送った。
<嶋崎秀彦区議は、歴代の契約担当の幹部職員に対し、公共施設建設に伴う管工事にかかわる部分について、入札業者名を聞き出し、その情報を自身と関係のある管工事事業者に伝え、便宜供与を行なっています>
告発状の日付は令和4(22)年8月30日。これを受けて警視庁の捜査は始まり、嶋崎区議は今年2月から3月にかけて、官製談合防止法違反罪やあっせん収賄罪で逮捕、起訴され被告となった。
筆者はこの事件取材を行い、「現代ビジネス」で<江東区長の「選挙違反」だけでなく、千代田区でも…「不正とカネ」まみれの都政に巣食う「しがらみ政治」>と題して23年11月16日に配信した。
同時に、樋口氏が加担したとされる、小池氏の学歴詐称の隠蔽工作疑惑についても取材を進めた。文書に残されたメールの履歴と当時の小池氏や樋口氏、都議会の動きを照合、当時を知る議会関係者や都庁担当記者に話を聞いたが、メールに記載された文書の信憑性は確認できなかった。
なにより記載されていたメールは印刷された文書のコピーである。メールがアドレスを含め、いくらでも改ざんできるのは、06年に発覚した「偽メール事件」で明らかであり、怪文書の存在を表にすることはできなかった。偽メール事件は告発した代議士の辞職(その後自殺)につながり、前原誠司民主党代表の引責辞任を引き起こした。
小島氏の結論
だが、告発状の意味するところは大きい。小島氏が指摘しているように、A氏が書いた原案とフェイスブックに掲載された「カイロ大声明文」との違いは、小池氏が「最も気にしていた部分」である。
小島氏は、「卒業名簿にその記載がある」という部分が削られた理由として、卒業名簿に名前があるかどうかに疑念が残るからではないかと推察し、「公正な審理と手続きを経てなされた」が削除されたのは、実際には審理も手続きもしていなかったから、と読む。
また、二つ目の変更点として、A氏案の「日本、エジプト双方の法令に基づき適切な対応を検討している」から日本が削られて、「エジプト法令に則り」となっていることに関し、仮に日本で裁く場合、裁判所が小池氏に証言などの協力を依頼する可能性があるからではないか、と推察した。
小島氏の結論はこうだ。
<いずれにせよ声明文は、図らずも、私が発案して、A氏が文案を作成した。それに小池さん自身が修正を加えた>
それをもとにこう結論付けた。
<大学を卒業していない小池さんは、声明文を自ら作成し、疑惑を隠蔽しようとしたのです>
逃げ切りはありえない
小島氏は取材依頼のあった記者を集めて、4月12日に弁護士会館で説明会を開き、17日には日本外国特派員協会で記者会見を行なって詳細に説明した。環境庁の官僚として水俣病問題に真剣に取り組んだ小島氏は、「詐称は許されず、小池氏のような都知事にして首相候補でもある有力政治家が、エジプトに弱味を握られてはならない」という強い思いで告発に及んだ。
隠蔽工作に図らずも絡んだという忸怩たる思いもあり、告発は続けるだろうし、今は匿名のAさんが表に出ることも考えられよう。
全ての責任を負うべきは小池氏だが、千代田区長という公職にある樋口氏の責任も重い。告発文が指摘するまでもなく、コロナ禍の緊急事態宣言下にも関わらず小池氏が、区長選において連日応援に駆け付けたのは異例なことだった。都議1期の実績しかない樋口氏が、自公が推薦する候補を大差で破ったのは、小池氏の応援の賜物である。
それだけに、小池氏の隠蔽工作にどう加担したのか、小池氏からどんな指示を受け、A氏とどんなやり取りをしたのかを含め、説明責任を果たす義務がある。
筆者は樋口氏のアドレスに改めて「取材依頼」のメールを送ったが返事はない。なにより樋口氏は、発売日以降、騒動を避けるように、この件に関して情報を発信していない。もちろん逃げ切りはありえない――。 ーーーー
筆者連載〈【実名告発】「そういうことにしちゃったの?」「うん」と…小池百合子「虚飾の履歴」を50年間秘めていた「カイロ時代の同居人」の思い〉も、合わせてお読みください。
伊藤 博敏(ジャーナリスト)
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