ワイヤでつながれた何枚もの白い布が風に吹かれているかのように揺らめく。
「きれいに見える。布の固定方法はこれでいいね」。3月上旬、2025年大阪・関西万博の会場となる大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)。NTTの万博担当部長、飯村栄彦(47)は、パビリオンを施工する奥村組の担当者と外装の仕掛けをチェックし、満足そうにうなずいた。
仕掛けとは、建物をぐるりと覆う3万枚に上る15センチ四方の布。パビリオンを訪れた人たちの感情の盛り上がりに合わせて揺れ動く。
実現を可能にするのが、来場者の表情や体の動きをスキャンして得た大量のデータを光で処理し、遅延なく伝送する次世代通信基盤の「IOWN(アイオン)」。30年の完全商用化を目指しており、通信容量は現在の125倍に達する見込みだ。
高度なセンサーが実用化すれば、離れた場所にいる人と、味覚や触覚、嗅覚も共有できるようになるという。飯村は「まさに『空間』を丸ごと伝送できる技術だ」と力を込める。
布の仕掛けは入り口に過ぎず、パビリオンでは、この「空間の伝送」が体感できる展示を目指す。
だが、ハードルは高い。1970年の大阪万博では、「ワイヤレステレホン」が展示され、携帯電話の通信技術を実際に試すことができた。一方、アイオンは開発途上にある。飯村は「形のない技術をどう見せれば、アイオンがもたらす未来社会の姿を伝えられるのか。考え抜きたい」と話す。
大阪・関西万博には、海外諸国や企業などがパビリオンを出展する。会場を未来社会の「ショーケース」に見立てた取り組みもあり、次世代の移動手段として期待される「空飛ぶクルマ」の運航も予定される。
だが、開幕まで残り1年に迫っても「目玉」と言える展示物は見当たらない。NTTのように見せ方に悩む企業は多く、パビリオンのほとんどは展示内容の詳細が公表されていない。
パソナグループのパビリオンは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った「動く心臓」が拍動する様子を披露する。担当する常務執行役員の伊藤真人(52)は「内容はほぼ固まっているが、どう演出するかはこれからだ」と明かす。
万博で何に出会えるかは、入場券の売れ行きを大きく左右する。日本国際博覧会協会(万博協会)の幹部は「出展者には早めに情報発信できないか、お願いしている」と説明する。
だが、協会の思惑通り進むかは心もとない。ある企業パビリオンの担当者は「『アンチ万博』の雰囲気が広がる中だと、展示物を紹介するだけでも批判を浴びるリスクがある。逆風が収まるまで情報を出しにくい」と漏らす。2度にわたる会場建設費の増額と、海外パビリオンの建設の遅れという協会の「不手際」は、ここにも響いている。
◎
国内外から2800万人の来場を見込む万博は、新興企業や中小企業の技術をアピールする場にもなる。地元の自治体や大阪商工会議所、銀行はパビリオン内にこうした企業の出展スペースを設ける予定で、発掘を進めている。
その一つが圓井(まるい)繊維機械(大阪市)だ。従業員5人の町工場だが、耐摩耗性や抗菌性に優れた樹脂から繊維を作り出す技術を開発した。空気中の二酸化炭素と水素から作ったメタノールを原料とし、「空気からつくる糸」として売り込む。
担当する圓井仁志(33)は「万博は世界に打って出るチャンス。石油由来のポリエステルに代わる素材として広めたい」と語る。
万博への期待が膨らむ中、目玉が見えないままで注目度を高められるのか。
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