「二度とアメリカの土を踏まない…(2024年4月11日『毎日新聞』-「余録」)

バイデン大統領(左端)に輪島塗のコーヒーカップを贈った岸田文雄首相(右端)。中央左はバイデン氏の妻ジル氏。同右は首相の妻裕子氏=米ホワイトハウスで9日(内閣広報室提供)
バイデン大統領(左端)に輪島塗のコーヒーカップを贈った岸田文雄首相(右端)。中央左はバイデン氏の妻ジル氏。同右は首相の妻裕子氏=米ホワイトハウスで9日(内閣広報室提供)

米国の排日移民法成立に反対する国民大会=1924年7月
米国の排日移民法成立に反対する国民大会=1924年7月

 「二度とアメリカの土を踏まない」。国際連盟事務局次長だった新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)はこう宣言したという。「太平洋の橋とならん」と日米友好に尽力した国際人を憤慨させたのは100年前に成立した排日移民法

米大統領選の年。米政府は反対していたが、日系移民の多いカリフォルニア州選出議員に扇動された米議会は大統領の修正要請を一蹴した。1924年4月12日の下院可決後、日本では反米世論が沸騰した

▲米国では中国権益を拡大する日本への警戒が高まっていた。当時、米国に留学した国際ジャーナリスト、松本重治(まつもと・しげはる)は「日米関係の核心は中国問題」と悟ったという。米国に背を向けた日本は中国進出の動きを強めていく。歴史の分水嶺(ぶんすいれい)の一つである

▲今では強固な同盟をうたう日米だが、核心に中国問題がある構図は変わらない。バイデン米大統領との会談に臨んだ岸田文雄首相は中国をにらんだ米英豪の安全保障枠組み「AUKUS」との協力に踏み込む

▲気になるのは日米の対中対応の差だ。バイデン氏は事前に習近平中国国家主席と電話で協議し、財務長官を訪中させた。対立ゆえに意思疎通を欠かさないのだろう。一方、岸田首相に独自の布石は見られない

▲難しい時代こそ道を誤らない周到さや慎重さが必要だ。対中抑止強化を進めるにも国民的議論が欠かせない。国会をパスして首脳会談での合意を既成事実化するような手法は禍根を残す。昨今の支持率からは国民が首相に白紙委任を与えていないことは明白である。