脅しに屈さず、『トランスジェンダーになりたい少女たち』発売(2024年4月4日『産経新聞』-「産経抄」)

 
トランスジェンダーになりたい少女たち」

火、水、虫、ほこり。書物の天敵を計10種に分類したのは英国の書誌学者、ウィリアム・ブレイズ(1824~90年)である。中でも人間は、書物の作り手にして厄介な相手らしい。著書『書物の敵』(八坂書房)から例を引く。

大英博物館には、エリザベス朝期(16~17世紀)に上演された3つの劇の手書き台本が残っている。紙の余白には約60本分の題名が書かれていたものの、大半は失われ、収集家の一筆が添えられていた。「私の不注意および召使の無知のため」 

▼炊事の種火やパイ皮の下敷きとして、家の召使がその価値も知らずに台本の紙を使ったという。人の無知もまた、本の仇(かたき)だろう。ブレイズが現代にありせば、新たな敵の分類が必要かもしれない。製本までされた書物が不当な圧力を受け、世に出ることなく葬られる危険である。

アビゲイル・シュライアーさんの著書『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽(あお)る流行の悲劇』が発売された。出版を巡っては、取り扱う書店や産経新聞出版に「発売日に大型書店に放火する」と予告する脅迫があった。

▼海外で評価を得た同書の発行を見送れば、それこそ〝書物の敵〟になる。むろん当社も産経新聞出版表現の自由への脅しには屈しない。欧米諸国でみられる性別変更の一端を知り、わが国で議論を深めてもらうためである。差別を助長するためではないと、重ねて言っておく。

▼きのう、職場に近い都内の大手書店をのぞいてみた。同書は見当たらず、店員に聞くと「お取り扱いをしておりません」という。それも書店の自由である。メディアに携わる身としては譲れぬ一線を死守したことに安堵(あんど)を覚えつつ、背筋の伸びる思いもする。