「政治改革国会」の召集からすでに2カ月余が経過したが、肝心の自民党による巨額裏金事件の真相解明は一向に進まず、「疑惑の闇」(立憲民主幹部)は深まるばかりだ。その中で、自民党の二階俊博元幹事長(85)が3月25日、岸田文雄首相に次期衆院選不出馬を伝え、直ちに記者会見で表明したことが、与野党双方に複雑な波紋を広げている。
二階氏を巡っては、裏金事件での虚偽記載で秘書が立件(略式起訴・罰金)された。さらに、自らの政治団体の不記載額も極めて多く、その使途も不透明さが際立つことから、その政治・道義的責任が厳しく問われていた。
その最中の、二階氏の唐突ともみえた「政界引退」宣言は、裏金事件での自民党内の関係者処分の調整作業にも大きな影響を与えた。ただ、一連の動きの舞台裏を探ると、故安倍晋三元首相から「最高の政治技術を持った方」と評された二階氏の「極めてしたたかな“権謀術数”」(自民長老)が浮き彫りになる。
■総裁選での「恨み」で岸田政権揺さぶる
二階氏は1983年衆院選で初当選して以来13回連続当選し、前回衆院選後は最高齢の現職議員となった。その二階氏は、2012年末の自民党政権復帰以降、領袖として二階派(志帥会=解散)を率いる一方、5年超の長期にわたって党幹事長を務め、権勢をほしいままにしてきた。
さらに、2021年10月の岸田政権発足以降は、首相の座を追われた菅義偉前首相と共に、反岸田勢力の中軸として、ことあるごとに政権を揺さぶり続けている。その背景には、2021年9月の総裁選に立候補、当選した岸田首相が掲げた「幹事長など主要役員の任期は3年以内」という党改革案によって、要職から“追放”された恨みがあるとみられる。
これに対し、岸田首相も「総理総裁の絶大な権限で、党・内閣人事での二階派冷遇などで対抗」(岸田派幹部)。その結果、二階派から離脱する議員も相次ぎ、ここにきて二階氏の影響力低下も目立つ状況となっていた。
そうした中、今回の裏金事件では、二階派の政治資金パーティに絡む収支報告書への不記載額が5年間で3526万円もあったことが発覚、二階氏への厳しい処分は避けられない状況となった。これに対し、かねて次期衆院選での引退と息子へのバトンタッチを画策してきた二階氏が決断したのが、次期衆院選への「不出馬」表明だった。
その背景には、同じ和歌山の有力参院議員で、二階氏の“後釜”として世襲阻止も理由に衆院くら替えを狙う世耕弘成前参院自民幹事長が、裏金事件で問われた安倍派有力幹部の1人として「離党勧告」などの厳しい処分が想定されることがあったことは間違いない。
■「バカ野郎」暴言で悔しさも露呈、晩節汚す
3月25日の引退表明会見で二階氏は、冒頭から聞き取りにくいほどの小さな声で「自らの政治的責任を明らかにすべく、岸田総裁に次期衆院選に出馬しないことを伝えた」「(不出馬理由は)派閥の政治と金の問題が政治不信を招き、その責任を取るため」などと手元のメモを読み上げた。傍らには最側近の林幹雄元経済産業相がサポート役として並び、会見の司会役も務めたことで、二階氏の弱々しさも際立っていた。
ただ、質疑応答の終盤に、顔見知りの地元記者から「引退理由に年齢も含まれるのか」と問われると、その記者をにらみつけて「(政治家の)年齢に制限があるのか」と突然声を荒らげ、捨て台詞のように「お前もその年が来るんだよ。ばか野郎」と恫喝した。
もちろん、この異様なやり取りはすぐさまインターネットにアップされ、瞬く間に大炎上。トレンド上位となる中で「バカ野郎はお前だ」などと二階氏批判の書き込みがあふれたことで、「会見自体がまさに晩節を汚す結果」(閣僚経験者)となった。
一方、二階氏の後継問題については、もともと二階氏周辺が「二階さんの息子は派閥会長でも何でもないから、後継者として公認すればいい」と主張してきたこともあり、今回の引退表明は「結果的にベストなタイミング」(自民幹部)となったことは否定できない。
■党執行部、二階氏を処分せず“無罪放免”
しかも、裏金事件での政治・道義的責任による処分を協議している党執行部が1日に「二階氏は不出馬表明で自ら政治責任をとった」(茂木敏充幹事長)として処分しない方針を打ち出したことで、事実上の無罪放免となった。このため、党内では「首相と二階氏の“裏取引”の結果ではないか」(自民長老)との臆測が広がる一方、「政治資金の説明もできず、『これから先の追及も嫌だ』と投げ出しただけで、何の反省もない」との批判も相次いでいる。
ただ、今回の二階氏の決断が、「知らぬ存ぜぬ」で責任逃れを続ける安倍派幹部に対する「自発的引責を求める強い圧力」(自民長老)になったことは間違いない。自民党執行部は4日に関係議員の処分を決める方針だが、その内容は①不記載によるキックバック継続決定に絡んだ安倍派幹部らは厳重処分②不記載額が500万円以上の議員も一定の処分――との方針を固めている。
その一方で、裏金事件の最大のキーマンとされる森喜朗元首相については、岸田首相との隠密裏の接触の結果、「森氏が裏金事件に自ら関わった証拠はなかった」(党幹部)として、こちらも「お咎めなし」と結論付けた。
■岸田政権を追い詰める「国民的自民批判」
ただ、政界周辺では「今回の一連の動きは国民からの自民批判を拡大させるだけ」(政治ジャーナリスト)との指摘も相次ぐ。最新の世論調査でも内閣と自民党の支持率が最低記録を更新しており、「このままでは4・28トリプル補選も全敗しかねない」(自民選対)との声が広がる。
そうした状況にもかかわらず、岸田首相自身は依然として「とにかく明るい岸田」を演じ続けている。その裏には「4月9日からの国賓としての訪米による首脳外交の成果や、大幅賃上げと景気回復による株価高騰などが支持率回復の要因になる」(側近)との読みがあるとされる。
ただ、今回の裏金事件の関係議員処分については「自民党内の裏取引ばかり。これで幕引きなら多くの国民は絶対許さない」(政治ジャーナリスト)との見方が支配的。このため、一連の自民党の対応への国民的反発が「岸田政権をさらに追い詰める」(自民長老)ことは間違いなさそうだ。
泉 宏 :政治ジャーナリスト
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