水道行政の移管 社会インフラ守る自覚を(2024年4月2日『中国新聞』-「社説」)

 上水道の整備や管理の所管がきのう、厚生労働省から国土交通省に移った。

 厚労省はコロナ禍で要員不足が目立った感染症対策を強化できるという。国交省は所管してきた下水道事業などと一体整備の利点を強調する。移管の狙いは理解できる。

 水道行政は長らく上水道厚労省、下水道を国交省、工業用水は経済産業省が所管してきた。一方、地方では業務を一つの組織で対応する市町村も多い。縦割り行政を解消することも賛成だ。

 ただ、看板を掛ける省庁が変わるだけなら大した意味はない。水道事業は老朽化した施設の更新や人口減少による経営環境の悪化など課題が山積している。移管を機に、安全安心な水を確保する対策を着実に進めてもらいたい。

 とりわけ力を入れるべきは老朽対策と耐震化である。

 水道普及率は98%。74万キロもの水道管のうち、法定耐用年数の40年を過ぎたものが2割もある。破損や漏水が年2万件もあるのに、更新が年1%にも満たないのは心細い。

 想定される最大規模の地震に耐えられる割合を示す「耐震適合率」も4割しかない。国は2028年度までに6割以上に引き上げる目標を掲げるが先行きは見通せない。

 移管により、下水道と一体で整備すればコスト圧縮につながる可能性がある。地方で水道事業を広域化すれば専門性の高い人材の確保も容易になるかもしれない。移管を契機に、いかに水道業務の再生を図っていくか。国の本気度が問われる場面と言えよう。

 能登半島地震では老朽管が寸断された。給水車も入れない地域もあった。災害時の避難先となる学校や病院の水道管の耐震化を優先するなど、災害時の水確保策を練り直してもらいたい。国庫補助率の大幅引き上げはもちろん、被害の深刻度いかんでは、国が直轄事業として対応することも検討すべきだ。

 気になるのは国が水道事業への民間活力導入に前のめり過ぎる点だ。民間にも良い面はあろうが、営利優先でうまくいくのか疑念が拭えない。

 民営化が先行した英国やフランスでは赤痢などの感染症が拡大したり、飲めない水が供給されたりした。水道事業を公営に戻そうとする動きを見ても、民営化には慎重かつ十分な検討が不可欠になる。

 蛇口をひねれば安全な飲み水が出てくることは、世界を見渡せば当たり前の話ではない。水道事業の国際協力を30年以上続け、カンボジアなど途上国の水質改善や水道普及に貢献している北九州市のような事例は、優れた日本の水道事業の象徴だろう。世界に誇るべき、こうした日本の水道事業が民間に委ねて失われてしまっては元も子もない。

 そもそも水道事業は感染症予防という公衆衛生の立て付けで進められてきた。施設整備や経営に気を取られ過ぎ、その監視がおろそかになれば本末転倒になってしまう。

 安心で安全な水は、国民の重要なライフラインであり、公共サービスである。水道行政の移管はこのことを忘れてもらっては困る。

 

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日本の「おいしい水道水」に転機 整備・管理、厚労省から国交省へ移管(2023年10月23日『産経新聞』)

 

上水道の整備や管理が来年4月、厚生労働省から国土交通省などに移管される。高度経済成長期に敷設された水道管が老朽化し、維持管理が難しい自治体があり、地方整備局を持つ国交省に事業を移管することでインフラの整備や災害対策を進める狙いがある。世界に誇る安全でおいしい水を提供してきた日本の水道事業が転機を迎えている。

上水道に関する業務はこれまで厚労省が担ってきた。上水道の整備に伴い塩素消毒が導入され、コレラ赤痢などの伝染病患者数は減少。水道の普及率は令和3年度、全国で98・2%に達し、公衆衛生の観点では厚労省の役割は終えたともいえる。

一方、上水道をめぐる現在の最大の課題は老朽化対策だ。厚労省によると、2年度に法定耐用年数(40年)を超えた水道管の割合は20・6%と全体の5分の1に上ったが、補強などの対策がとれた水道管は全体の0・65%にとどまる。

上水道事業の実務は、主に市町村などが独立採算制で運営する事業者が運営してきた。だが、事業者数は全国約1300と、電気やガスなどに比べ規模が小さく、職員数も少ない。最大震度6弱を観測した平成30年の大阪北部地震では老朽化した水道管が破断するなどし、各地で断水や漏水が起きた。耐震性を備えた水道管の更新作業は進んでいないのが現状だ。

近畿大の浦上拓也教授(公益事業論)は「人口が増加していた20世紀は各市町村が責任をもって水道を維持管理できたが、今は地方ほど危機的な状況だ」と指摘。浄水場の設計建設などを担う水処理総合企業「水ing(スイング)」(東京)事業価値創造推進室の東郷友裕・担当部長も「1自治体で1つの水道事業という形では立ち行かなくなってきている。複数の自治体をまたぐ広域連携を進め、維持管理していく必要がある」と話す。水道基盤の強化は喫緊の課題だ。

今回、出先機関の地方整備局を持つ国交省上水道の整備や管理を移管することで、「国交省のインフラ整備のノウハウが生かせるほか、より現場の近くで水道事業者とコミュニケーションを取れる」(国交省担当者)ことが期待される。

厚労省が管轄してきた上水道の業務のうち、水質や衛生に関する業務は環境省が引き継ぐ。味に影響を与えるものも含めた水質基準は51項目に及び、「ペットボトルで売られるミネラルウオーターの規格基準の40項目よりも厳格」(浦上教授)とされる。

蛇口から出る水をそのまま飲むことができる国は世界で約10カ国しかない。日本では蛇口をひねれば、安くて安全でおいしい水を口にできるが、浦上教授は「世界に誇る高い品質の水を守るためにも、時代に合った持続可能な維持管理の仕組みを整える必要がある」と指摘している。(大竹直樹)