◆「今さら新しいことが出る?」冷めた声
岸田氏がこれまでに聴取した安倍派の幹部らは既に国会の政治倫理審査会に出席。「派閥の政治資金パーティーの会計に関わっていなかった」「知らなかった」などと証言していた。別の60代男性は「あの説明に納得している人もいないと思うが、岸田さんがいまさら聞いて新しいことが出てくるとも思えない」。
岸田氏は26日に塩谷立氏、下村博文氏、27日に西村康稔氏、世耕弘成氏と、安倍派で幹部を務めた4人を国会近くのホテルに呼び、個別に聞き取りをした。だが岸田氏は聴取の内容を明かさず、不透明感が強まっている。
◆「森元首相が関与」報道にも沈黙
聴取問題は、28日の国会でも火種に。パーティー券販売ノルマを超えて販売した分を議員に還流するキックバックの仕組みは、安倍晋三元首相が2022年4月に中止を指示したが、死去後に復活した。その判断に「森喜朗元首相が関与していた」と安倍派幹部が岸田氏の聴取に明かした、と日本テレビが報道した。
立憲民主党の辻元清美氏が事実関係を尋ねたが、岸田氏は「今の時点で申し上げることは控える」と、ここでも明かさなかった。森氏の聴取を行うかについて「(聴取対象に)含まれうる」とまでは述べたが、実際に行うかという肝心な点は明言を避けた。
不透明感ばかり漂う岸田氏の聴取。交流サイト(SNS)では、「(岸田派も裏金をつくっていたことから)岸田首相が聴取というのは出来の悪いジョーク」「身内だけの事情聴取ごっこ」などと批判が目立つ。ジャーナリストの青木理氏は「ホテルの密室で話を聞く。内容は当人たちにしか分からない。『聴取した』という手続きを踏むことで、国民に説明責任を果たしたふりをしているだけでは」と突き放す。
◆自民党総裁自ら聴取の異例ぶり
聴取といえば、一般には警察や検察の厳しい事情聴取が思い浮かぶが、青木氏は「捜査当局が行うわけでもない、国会の場でもないかぎカッコ付きの『聴取』であって実態は密室での密談。案外、これまで明らかになっていなかった本音が語られているかもしれない。もしかしたら『どこまでの処分なら、みんなが納得するか』なんて相談しているだけかもしれない」と皮肉たっぷりに岸田氏の説明不足を批判する。
参院予算委で答弁を求め挙手する岸田首相=28日、国会で
そもそも総裁自らが聴取に乗り出すのも異例だ。衆院事務局職員から参院議員に転じ、長く国政を見てきた平野貞夫氏は「本来は幹事長が段取りして、党紀委員会が行うのが筋。党の処分を決めるのに総裁自ら調査するなんて異常だ。党内の規律が保てていない」と自民党内のごたごたぶりを指摘する。
◆「首相はしたたか」という、小沢一郎氏の見方
こうした中で26日、「首相はしたたかだ」という言葉が永田町を駆け巡った。共同通信によると、発したのは立憲民主党の小沢一郎衆院議員。裏金事件に絡み岸田氏が清和政策研究会(安倍派)を崩壊させ、二階俊博元幹事長を次期衆院選不出馬に追い込んだとの見方を記者団に示した。
首相就任後の経緯を振り返ってみよう。岸田氏が会長を務めた岸田派は党内第4派閥にとどまり、安定した政権運営のためには最大派閥・安倍派の意向をむげにできない状況だった。ただ、派閥会長だった安倍元首相が銃撃事件で死去。浮かび上がった自民と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点は安倍派議員が最も多く、その勢いに陰りが見えていた。
そこへ昨年末に安倍派の裏金疑惑が表面化すると、閣僚や党の要職を務めていた派の実力者「5人衆」は全員その職を辞し、岸田政権から一掃される結果に。裏金疑惑が事件に発展すると、首相は岸田派の解散を表明。安倍派、二階派なども解散することになった。
今月に入ると、裏金とされる不記載額が、立件された議員を除き最多だった二階氏が、次期衆院選への不出馬を表明。首相は国会で、かつて清和会会長を務めた森元首相について「追加聴取の対象となる関係者の中に入る」と言及した。
◆生き残りをかけた勝負「首相のエネルギーに」
あたかも政敵を追い落とすかのような首相の一連の動き。ネットでは「クーデター」「もう誰も止められない」などと指摘する声も上がる。
政治ジャーナリストの泉宏氏は「『岸田1強』として党内で勝ち残るための戦略が描いた通りに進んでいる。首相は(裏金問題が表面化した)昨年末から生き残りをかけた勝負を始めており、それが政治家として生き抜いていくエネルギーになっている」とみる。
「自民は森政権が誕生して以降、清和会の支配が続いており、ここにきて反撃の構図が現れてきた。安倍派を分裂、解体、消滅させる大きな戦略の中で全てが進んできて、成功している。今後、森氏の聴取もするのではないか」
首相が派閥解散の流れをつくる中、麻生派と茂木派は残ったが、「茂木派では『反茂木』の議員の離脱が相次いだことで、茂木(敏充幹事長)氏の力をそいだ」。また「呼ばれていないのに首相自ら出席を表明して、政倫審に安倍派幹部を引きずり出した」とする。
◆派閥支配が崩れ、総理・総裁1強に?
他方、政治アナリストの伊藤惇夫氏は「局面は打開できるが、首相がその後の展開や方向性を考えて決断しているか疑問」と話す。「派閥解消も中途半端に終わり、政倫審ではかえって疑惑を深めた。ただ、大半の派閥は溶解し、党の運営システムが崩壊したことで結果的に総理・総裁の力が一番強くなった。首相の動きを止める集団も見当たらず、周りが崩れる中で、首相だけが地面に足をつけて立っている構図だ」と解説する。
首相官邸に入る岸田首相(中央)=26日
党内でポスト岸田の有力候補も見当たらず、今秋の党総裁選再選に向け、権力基盤を固めているようにみえる岸田氏。自ら安倍派幹部への聴取を続けているが、政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「やってる感を出しているだけ。第三者が聴取するのではなく、党内の問題を自分たちで裁くのは権力闘争だからだ。内閣支持率は低調だが、ライバルもおらず、総裁選を乗り切れると考えているのでは」と語る。
岸田氏は4月初旬にも党内処分をして裏金事件の幕引きを図るとみられる。今後は与野党での政治改革の議論に移る見通しだが、それでは真相解明にも再発防止にもつながらない。前出の伊藤氏は「実態解明ができていない中での党内処分は奇異だ。今後も国会の場で真相を明らかにする努力が必要で、偽証に罰則が適用される証人喚問は当然するべきだ」と指摘する。
◆デスクメモ
超低空飛行ながら、不思議な安定感の岸田政権。だが、それで何ができるのだろう。首相就任前に強調した「新しい資本主義」はどうなったのか。地元開催の広島サミットは平和につながったのか。権力維持の結果が安倍政権の継承ばかりでは、裏切られた国民の怒りは収まらない。 (本)
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