人間の目には、「見ていても見えていない」ことがあるらしい。こんな実験がある。白組と黒組によるバスケットボールのミニゲームを撮影し、被験者に映像を見せた。被験者には白組のパスの回数を数えるよう言い含めてある。
▼以下、映像を見終えた被験者とのやり取りである。「選手以外にゴリラが映っていたんだ」「うそ!」。ゴリラの着ぐるみを着た人が選手に紛れ込み、10秒近く映っていた。人を代えて実験しても、半数ほどはパスに気を取られ気付かないという。
▼C・チャブリス、D・シモンズ著『錯覚の科学』(文芸春秋)に詳しい。人の目は存外、当てにならない。この問題はさて、先の実験と同列に論じてよいものか。再生エネルギーを巡る内閣府のタスクフォースで出された資料に、中国の国営電力会社のロゴマークが入っていた。
▼言うまでもなく、中国はわが国にとって安全保障上の脅威である。ロゴマークが透かしの形だったとはいえ、「見過ごした」では済まない政府の〝目〟の落ち度であろう。資料を提出したタスクフォースの民間構成員が辞任したのは当然である。
内閣府のタスクフォース民間構成員の辞任を表明した「自然エネルギー財団」の大林ミカ事業局長=27日、東京都千代田区(千葉倫之撮影)
国連や欧州連合の関連機関の会議で使用された中国企業のロゴを含む発表資料(ロゴが分かりやすいよう画像を加工して印刷しています)
▼河野太郎規制改革担当相は、ロゴに有害な要素はないと述べた。中国側との関わりも調査を進めているそうだが、かの民間構成員を議論の場に加えたのは河野氏の判断だったという。影が一掃されたとは誰も思うまい。いまの枠組みで再エネへの傾斜を強めるのは危うくないか。
▼とはいえ安全保障のあり方を見直す、いい契機になった。他国に干渉の余地を与えず、進む道は自分で決める。その一線は死守せねばなるまい。再エネに限らず、さまざまな政策形成過程の再点検が必要だろう。改めて問う。それって本当に国策と呼べますか。