キリン、成田悠輔氏の広告削除 3年前の「高齢者の集団自決」発言が不買運動に発展 問われる企業の人権感覚(2024年3月17日『東京新聞』)

 
 キリンビールは缶酎ハイ「氷結無糖」のウェブ広告から、経済学者の成田悠輔氏の広告を削除したと明らかにした。成田氏はかつて日本の少子高齢化を巡り「解決策は高齢者の集団自決しかない」と発言。人権感覚が疑問視されるとして、今回の広告起用について交流サイト(SNS)では批判が飛び交っていた。人選の意図は何だったのか。(森本智之)

少子高齢化の解決策!? 海外でも問題視

 キリンは4日、成田氏が氷結無糖を手に「時代を作るものは、いつだってシンプル」とアピールするウェブ広告を開始。すると、X(旧ツイッター)では「#キリン不買運動」というハッシュタグ(検索目印)を付けた批判や嘆きの投稿が相次いだ。キリンは8日後の12日、広告を削除した。
成田悠輔氏のウェブ広告を引用し、起用を批判するXの投稿(一部画像処理)

成田悠輔氏のウェブ広告を引用し、起用を批判するXの投稿(一部画像処理)

 テレビ番組でコメンテーターを務めるなどして知名度を上げた成田氏。「歯に衣(きぬ)着せぬ」と評される物言いだが、2021年のインターネット配信番組で、「(少子高齢化の)唯一の解決策は、はっきりしていると思っていて、高齢者の集団自決、集団切腹みたいなのしかないんじゃないか」と発言。海外メディアでも問題視された。

◆過去の発言「確認しきれていなかった」は本当か

 広告削除の理由についてキリンの広報は「こちら特報部」の取材に「さまざまなご意見を頂戴したため、総合的に判断した」と説明。「さまざまなご意見」には、集団自決発言を巡る批判も含まれると認めた。人選の理由は「ご自身の言葉で氷結無糖の良さを幅広い立場の方に語っていただくことを目的に企画し起用した」という。過去の発言については「一人一人の発言、影響について過去にさかのぼって個別に把握、確認しきれていなかった。今回のことも教訓に今後は確認していきたい」などと回答した。
 広告業界関係者は「広告代理店は企業側にCMについて提案する際、起用を検討している人の身体検査を必ず行う。『(発言を)知らなかった』というのは考えにくい」と驚く。
 その上で「成田氏はアンチもいるが一定のファンもいる。不特定多数が目にするテレビCMなら起用は難しいと思うが、ウェブ広告は特定の層をターゲットとすることが多く、その層に届けばいいと発想しがち。そのために判断が甘くなったのでは」と推測した。

ミャンマー国軍への寄付問題で懲りたはずでは…

 人権の観点でキリングループは過去にも批判されている。キリンはミャンマーで国軍系企業と合弁を組み、ビール会社を運営していた。国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは18年、イスラム教徒少数民族ロヒンギャを迫害する国軍に、合弁会社が寄付をしていたと発表。キリンは調査と釈明に追われた。
 
ロヒンギャ迫害が問題化していた2017年9月、ミャンマー国軍がネピドーで開いた寄付集めの式典(ミンアウンフライン総司令官のウェブサイトから)

ロヒンギャ迫害が問題化していた2017年9月、ミャンマー国軍がネピドーで開いた寄付集めの式典(ミンアウンフライン総司令官のウェブサイトから)

 キリンは21年、国軍がクーデターを起こした後に合弁解消の方針を表明。23年に保有株式の売却を終え、ミャンマーから撤退した。
 アムネスティの発表後にキリンを取材したジャーナリスト木村元彦氏は「合弁解消まで時間はかかったが、当時キリンも調査を進めそれなりの動きはしていた。ミャンマーの件で懲りたと思っていたので、今回の広告起用に驚いている。人権に対する知見が甘かったのではないか」と述べた。

◆グローバル企業は特に厳しく問われる時代

 一方で「学者のように公正に発言を求められる人が一企業の広告に出ること自体が、そもそも問題ではないか。線引きがあいまいになってきているのではないか」と疑義を呈した。
 元博報堂社員で作家の本間龍氏は「集団自決発言はかなり物議を醸したので、なぜ成田氏を起用したのか人選は疑問」としつつ、ウェブ広告を削除したキリンの事後対応は「非常に素早かった」と評価した。
 「人権や差別に関する問題への社会の関心は高まり、なかでも海外の人は敏感だ。キリンのようなグローバル企業は特に活動内容が厳しく問われるようになっている」とくぎを刺した。