Dr.三島の「眠ってトクする最新科学」
精神科医で睡眠専門医の三島和夫です。睡眠と健康に関する皆さんからのご質問に科学的見地からビシバシお答えします。
このコラムでは不眠症や睡眠時無呼吸症候群など幾つかの睡眠障害について取り上げてきましたが、睡眠障害は全部で何種類くらいあるかご存じですか? 現在、約70種類ほどの疾患が知られています。ところが、最近までその多くが世界保健機関(World Health Organization;WHO)の公式な病名として登録されていなかったのです。一体どういうことなのでしょうか。 【表】厚生労働省がまとめた「健康づくりのための睡眠ガイド2023」の主なポイント
古くから人間を悩ませてきた「疾患」のはずが
WHOは、がん、高血圧や狭心症などの循環器疾患、白血病などの血液疾患、AIDSなどの免疫疾患、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの感染症、胃潰瘍などの消化器疾患、うつ病などの精神疾患、その他、耳鼻科、婦人科関連など多数の疾患の病名を網羅するリスト「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems;ICD)」を作成しています。1900年に第1版が作成されてから版を重ね、現在は第10版のICD-10が使用されています。2019年に第11版(ICD-11)がWHOの国際会議で承認され、現在は厚生労働省が日本語訳を作成中で、数年以内に臨床現場で使えるようになる予定です。
さて一般にはなじみの薄いICDですが、医療関係者であれば知らない人はいません。と言うのも、カルテの記載や公的診断書などには、基本的にICDの分類に従って病名をつける必要があるからです。日常診療で欠かすことのできない「リスト」です。ところが冒頭でも書いたように、約70種類ある睡眠障害の多くがICD-10には登録されていませんでした。
紀元前5世紀頃のヒポクラテスの時代には、すでに不眠症の治療が行われていたとの記録があります。日本の平安時代末期に描かれた病気を特集した絵巻物である病草紙(やまいのそうし)にも、「不眠の女」と「眠り癖のある男」など睡眠問題で困っている男女が描かれています。それほど、睡眠障害は古くから人々を悩ませていた「疾患」の一つでした。
不眠症は成人の8~10%、睡眠時無呼吸症候群は2~5%、さらに以前は「むずむず脚症候群」と呼ばれていたレストレスレッグス症候群は約3%に認められるなど、睡眠障害の多くは日常臨床で「よく遭遇する疾患」です。子どもから高齢者までどの年代層でも認められます。ところが現在使われている第10版ではわずか十数種類の睡眠障害が掲載されているのみです。そのため、睡眠医療の専門家は、やむをえず米国睡眠医学会が作成した別の病名リスト(こちらは睡眠障害が網羅されています)を使うなどしていますが、国や地方自治体が行う調査や公式文書に病名が載っていないため不自由な思いをすることがしばしばあります。
ポピュラーな病気である睡眠障害の多くがなぜICD-10で取り上げられていないのでしょうか?
新たに六つの系統の睡眠障害がリストアップされた
最大の理由は、ICD-10が、今から30年以上も前の1990年に作成されたことが挙げられます。つまりリストの内容が古くなってしまったのです。この30年の間に、睡眠医学研究が急速に進展し、新しい疾患が発見されたり、睡眠障害の頻度の高さと健康との関係が明らかになったりするなど、睡眠障害の臨床上の重要性も認識されるようになりました。その結果、ICD-11では現在知られているほぼ全ての睡眠障害が掲載されることになりました。つまり公式な病名としてカルテや診断書に書くことができるようになったのです。
ICD-11でリストアップされた睡眠障害は大きく下記の6系統に分類されます。
1)不眠障害群: さまざまな原因で睡眠の質が低下する疾患群で、不眠症が代表的疾患です。
2)過眠障害群: 夜間に十分に眠っても日中に強い眠気が生じる疾患群で、ナルコレプシーが代表的疾患です。
3)睡眠関連呼吸障害群: 睡眠中に呼吸が止まったり換気が不安定になったりする疾患群で、睡眠時無呼吸症候群が代表的疾患です。
4)概日リズム睡眠・覚醒障害群: 睡眠時間帯が正常よりも大きくズレたり、不規則になったりする疾患群で、睡眠・覚醒相後退障害(極端な夜型リズムに陥る)が代表的疾患です。夜勤・交替勤務、時差ボケによる睡眠問題もここに含まれます。
5)睡眠関連運動障害群: 睡眠中に筋肉の異常な動きや感覚の異常が生じる疾患群で、レストレスレッグス症候群が代表的疾患です。 6)睡眠時随伴障害群: 睡眠中に異常な行動が出現する疾患群で、レム睡眠行動障害や睡眠時遊行症(いわゆる夢遊病)などが代表的疾患です。
これまではICDに掲載されていなかったことが理由で、WHOが行う疫学調査でも睡眠障害が取り上げられることはほとんどありませんでした。世界の多くの国々、特に途上国での睡眠障害の実態なども明らかになっていません。また日本の医学教育でも睡眠障害について系統的に学ぶ機会が少ないという弊害もありました。今後は睡眠障害の知識が豊かな臨床医が増えることを期待したいと思います。
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