人相書不要の大悪党(2024年3月4日『産経新聞』-「産経抄」)

 
ロシアのプーチン大統領(タス=共同)

「せひ五尺八九寸程」という。175センチを超える上背があったらしい。色白で、「目中細ク」とも書いてある。絹で織った暗赤色の粋な小袖を着ていたというから、世を忍ぶ姿ではない。盗賊の親玉、日本左衛門の人相書である。

▼江戸期の史料を出典とする文面が、東京都公文書館のウェブサイトに載っている。持ち物の鼻紙袋はポルトガル由来のラシャ織り、印籠には「鳥のまき絵」などと羽振りの良さを描くくだりも。人相書を各地に配られ、日本左衛門は窮したらしい。

▼手配の翌年に自首し、打ち首となる。歌舞伎『白浪五人男』の日本駄右衛門のモデルとして名高いが、上には上がいる。誰もが思い浮かべるのは写真すら不要の悪人だろう。ウクライナから約2万人の子供を連行し、それを指示した容疑で国際刑事裁判所が逮捕状を出している。

プーチン露大統領である。侵略戦争は3年目に入り、先日の年次教書演説では「ロシアの主権を守る戦い」「新たな領土を解放している」と、相変わらずの方便で戦争犯罪を正当化した。ウクライナの砲弾不足も伝えられ、もどかしさが拭えない。

▼今月の大統領選では、氏が盤石の支持を得ているとも聞く。米欧や日本などの経済制裁が効いていないはずはないが、悪を裏で支える悪がいるのも現実だろう。反体制派指導者、ナワリヌイ氏の不審死を巡る追悼活動は反プーチンの色を帯びてきた。蟻(あり)の一穴となるのだろうか。

▼「盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川の…」は、日本駄右衛門の知られた口上である。プーチン氏が得意とする方便も、趣旨はこれと変わらない。逮捕状の発行から1年になる。これ以上、悪党の高笑いを聞きたくはない。活路はどこかにあるはずだが。