2月23日、天皇陛下は64歳の誕生日を迎えられた。誕生日会見では「愛子には、この4月から、日赤の一員として多くの人のお役に立てるよう努力を続けてほしいと思いますし、社会に出ると大変なこともあるかもしれませんが、それを乗り越えて、社会人の一人として成長していってくれることを願っています」と述べられている。
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皇后両陛下の長女・愛子さま(22)が日本赤十字社の嘱託職員として就職されるとの発表は、国民の関心を集めている。天皇家のご長女のご就職にはどのような思いが込められているのか。名古屋大学大学院人文学研究科准教授の河西秀哉氏が考察する。
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予想が覆された、愛子さまの就職
天皇皇后の長女・愛子内親王が学習院大学文学部を卒業後、日本赤十字社の嘱託職員として就職することが発表され、大きな衝撃をもって迎えられた。「日頃から関心を寄せている日赤の仕事に携われることをうれしく思うと同時に、身の引き締まる思いがいたします。これからもさまざまな学びを続け、一社会人としての自覚を持って仕事に励むことで、微力ではございますが、少しでも人々や社会のお役に立つことができればと考えております」との気持ちも同時に発表している。
秋篠宮家の長女・眞子内親王(現・小室眞子さん)は国際基督教大学教養学部を卒業後、2014年9月にイギリスのレスター大学大学院博物館学研究科へ入学、妹の佳子内親王は国際基督教大学在学中に2017年9月から翌年6月までイギリスのリーズ大学へ留学しており、近年の女性皇族は海外へ留学するケースが多かった。それもあり、海外の大学院への進学、もしくは国内の大学院へ進学しつついつか海外へ留学するのではないか、と私は考えていた。その予想が覆されたのである。
天皇陛下の長女の就職は、黒田清子さん以来
天皇の長女が就職するというのは、平成の天皇の長女である清子内親王(現・黒田清子さん)が学習院大学文学部を卒業後、1992年から山階鳥類研究所非常勤研究助手(1998年より非常勤研究員)になって以来である。このときは、労働対価による給与を得た歴史上初めての内親王として話題となった。週2回の勤務で、『日本動物大百科』(平凡社、1997年)のカワセミの項目を執筆したことでも知られる。山階鳥類研究所に就職したのは、清子内親王が鳥類の観察をライフワークとしていたからであった。
なぜ日本赤十字社へ就職されることになったのか
では、愛子内親王はなぜ日本赤十字社へ就職することになったのだろうか。いくつかの理由が考えられる。
第一に、公務との関係ではないかと思われる。これまで、学習院大学に在学中、愛子内親王は単独での公務はしてこなかった。その理由として、「大学の勉学に集中する」ということが言われてきた。もし、大学院に進学するとなれば、やはり「大学院での研究に集中する」ということを言わなければ、これまでと整合性がとれなくなる。つまり、あと数年は単独での公務は難しくなるのである。ましてや、海外留学をすれば、国内での公務はできない。つまり、就職は、愛子内親王単独もしくは天皇や皇后とともに公務を担うという意識からなのではないだろうか。
公務が重要視される理由
たしかに、前述の清子内親王も、山階鳥類研究所で働きながら、それ以外の日には盲導犬関係の福祉に関するもの、海外への訪問などの公務を単独で積極的に行っていた。就職することで、公務ができるという側面があるのだ。
なぜそこまで公務が重要視されるのか。それは、公務を担える皇族数の減少という現実問題に現在の皇室は直面しているからである。結婚した女性皇族が皇室から離れる現在の制度では、今後も佳子内親王などがその対象となる可能性がある。「女性宮家」問題がまったく進まず、しかも増えている公務を誰が担うのか。天皇の長女である愛子内親王は、他の皇族以上に天皇の代理としての意味も持つため、公務を自身が担わなければならないと考えたのではないだろうか。
雅子さまをサポートしたいという意識
第二に、母親である皇后をサポートしたいという意識もあったのではないだろうか。雅子皇后の病状は回復に向かっているとはいえ、依然として波があると伝えられている。留学すれば、両親から遠く離れてしまう。国内で就職すれば、常に両親の側に居て、病気である母親の皇后を支えることもできる。
特に、日本赤十字というところがポイントだろう。西南戦争中の1877年に設立された博愛社は、1886年のジュネーブ条約調印・批准にともなって翌年に日本赤十字社と改称したが、その初代総裁に小松宮彰仁親王、名誉総裁に昭憲皇太后(明治天皇の妻)が就任するなど、皇室と日本赤十字社の関係性は設立以来、非常に強かった。特に、昭憲皇太后は積極的に日本赤十字社の活動に参画し、歴代皇后が名誉総裁、皇太子妃または皇嗣妃ほかの皇族が名誉副総裁となって、女性皇族がその活動を支援している。雅子皇后も、現在は名誉総裁を務めている。
嘱託職員としても、長女としても
愛子内親王が日本赤十字社で勤務していれば、名誉総裁としての雅子皇后のサポートを嘱託職員としても、長女としても担うことができる。また、日本赤十字社は災害救助活動なども展開しており、被災地訪問によって被災者との交流を重視する平成以来の皇室のあり方を、やはり日本赤十字社の嘱託職員としてサポートできる。天皇皇后愛子内親王の3人で、被災地訪問が実施される、という可能性も十分にあり得るのではないか。
愛子内親王は中学1年生のとき、「看護師の愛子」が主人公の短編小説を書いた。その最後を、「今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう」と結んでいる。こうした意識を持ち続けていて、今回の日本赤十字社への就職へとつながったのだろうか。
河西 秀哉