記憶にございません(2024年2月19日)

(2024年2月19日『東奥日報』-「天地人」)

 

 日本と違い、米国の捜査機関の率直な説明には驚くことがある。検察当局は今月、機密文書を持ち出したとして捜査対象だった81歳のバイデン大統領を「記憶力の悪い老人」と指摘、有罪認定できる証拠が不十分として刑事訴追しないと発表した。

 記憶力が低下していると断じられたバイデン氏も黙っていない。「私の記憶力は大丈夫だ」と怒りの反論会見を行ったものの、直後にエジプトをメキシコと言い間違えた。最近は他国首脳を過去の人物と混同、勘違いする言及が目立っている。

 そんな事態に乗じ、宿敵のトランプ前大統領はバイデン氏が「(現在)自分が生きているかどうかすら分からない」とこきおろす始末。バイデン氏に対しては国民の間でも高齢を不安視する声があり、大統領選に向けて打撃となりそうだ。

 日本でも政治家が記憶力を問われる場面は少なくない。しかし、国会などでは、自身に関わる問題を追及されると「記憶にございません」との常套句(じょうとうく)が繰り返される。ごまかしの演技か、認知能力が低下しているのか。ため息が出る。

 責任逃れとしか思えず、選挙で選ばれた者としての誠実さは感じられない。過去に向き合う真摯(しんし)な姿勢、十分な説明なくして政治の信頼回復はおぼつかないだろう。不信感を増幅させる議員の言動を国民は忘れない。センセイ方にはぜひ記憶にとどめておいていただきたい。

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(2024年2月19日『新潟日報』-「日報抄」)

 

 米国のバイデン大統領が「記憶力」を巡り、窮地に立っている。機密文書が私邸で見つかった事件では、検察官が「記憶力の悪い老人」とみなして、罪を問わなかった

▼国や人名の言い間違えが絶えない。昨年、岸田文雄首相も「大統領」と呼ばれた。81歳の誕生祝いに発したジョークでは、世界的人気歌手のテイラー・スウィフトさんを別の歌手と言い間違えた

▼正しい記憶は的確な判断を導く。特に政治家にとって記憶力は欠かせない資質だろう。米テレビ局の世論調査で8割以上が続投は無理と答えた。年を重ねても記憶力が確かな人もいる。だが国民は、史上最高齢のリーダーに核のボタンを預けていいのか心配しているようだ

▼わが国はどうか。記憶力の乏しい政治家ほど政界で長生きできるように感じてしまう。高額献金問題などで世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対し、国は解散命令請求をしている。その手続きの責任者である文部科学相が選挙で関連団体から支援を受けていたと報道された

▼しかし当の大臣は、推薦確認書の署名を認めるような国会答弁を一転させ「記憶がない」の一点張りとなった。自民党の裏金問題も、政治倫理審査会が開かれようと「記憶にない」「覚えてない」と連発されるのが目に見えるようだ

▼なぜなら、この審査会ではうそをついても罰せられない。出席義務すらないのだ。岸田首相は人ごとのように「説明責任」を繰り返すばかり。この国の政治家には「記憶力」は邪魔な能力なのか。