今年が最後の開催になった岩手県奥州市の伝統行事「蘇民祭(そみんさい)」を巡っては、2008年にJR東日本が「不快感を与えかねない」と祭りのポスターの駅構内での掲示を拒む騒ぎがあった。ポスターのモデルとなった男性にインタビューした同年2月4日岩手面の記事を再掲する。(年齢や経歴は掲載当時のもの)
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1000年の伝統を誇る奥州市水沢区の黒石寺蘇民祭が、今年も13日夜から14日朝にかけ行われる。ところが今年はJR東日本が「胸毛など不快に感じさせるものを見せるのはセクハラ」と構内でのポスター掲示を拒否した騒動で、逆に全国から注目を集めることになった。蘇民祭ポスターのモデルになり、にわかに時の人となった佐藤真治さんに話を聞いた。【石川宏】
――「おれも傷ついたよ……」。胸毛のある上司から私も責められました。
コントラストの問題でしょう。ほら特別濃くないでしょう(と、胸毛を見せていただく)。
――宙を見上げたような表情ですが、どんな場面だったんですか?
本堂のもみあいの中で蘇民袋がなくなった。ひそかに持って道路まで逃げた者がいるかもしれないなどとごたごたしているうち、東京のなじみの参加者から「真ちゃん、袋拾ったんだけど……」って声をかけられた。それで「袋、ここにあるぞぉー」て、どっち向いて叫んでいいか分かんないから、上を向いて叫んだ。その瞬間です。ほら、左手に持つ蘇民袋も写ってる。
――祭りに出るには苦労があると聞きました。
1週間前から、お精進に入る。肉、魚、卵、乳製品は何も食べられない。一番ダメなのが鶏と卵。黒石寺は本堂を一昼夜で再建しようとしたが、一部が未完成のうちに鶏が鳴き夜明けを告げたという伝承があるから。それで鶏を嫌う。ニラやネギ、ニンニクもいけないんだが、実は最近になって知って、それからやめた。中学生の時はお精進せずに出てしまったが、高校に入ってからは時々失敗しながらも続けている。
――苦労してまで参加する蘇民祭の魅力は?
実は、逆に最近、自分はなんのために行ってるんだろうって考えちゃう。特別な願い事があるわけでも、男と男の肉弾戦に燃えるわけでもない。当たり前の年中行事の一つ、というところなんです。
――ポスター騒動に巻き込まれました。
1月8日の朝8時半に「お前の記事が載ってるぞ」ってメールが来て……。JRの掲示拒否の話はカメラマンさんから12月16日に聞いてました。でも、ポスターに載ったこと自体はうれしくてしょうがない。こういう形になって、まあJRさんには感謝してますよ、皮肉でなくて。……いや皮肉もあるのかなあ……。
――全国に知られ、観光客も増えるかもしれません。
イベントやフェスティバルとは違います。儀式です。騒ぎたくて来る者は覚悟して来い、と言いたい。
何かを願う気持ちがあって、お薬師さんのご加護をと、ここに来て、その結果「激しくも厳しいすてきな祭りがあるんだ」って帰ってもらえるならうれしい。でも人が来ようと来まいと、私には関係ないんです。原点に返って今まで通りやるだけです。
さとう・しんじ
花巻市在住。中学時代に高校合格を願い参加したのが蘇民祭との縁。黒石寺蘇民祭では04年に優勝者である取主、05年から祭りを仕切る世話人(親方)の見習い。昨年は▽胡四王神社蘇民祭▽光勝寺五大尊蘇民祭▽早池峰神社蘇民祭の花巻市内3蘇民祭を制覇した。父佐藤寛治さん(59)も70年に同じ3蘇民祭を制覇しており、75年には黒石寺蘇民祭で取主になっている。本職は製造業の会社員。
黒石寺蘇民祭
裸の男が厄よけの護符である蘇民袋と袋の中の小間木(こまぎ)を奪い合う祭り。護符は薬師如来から厄よけを授かった蘇民将来(そみんしょうらい)の子孫であると証明するものとされる。県南各地にあるが、黒石寺は最も古く1000年続くとされる。黒石寺での開催は旧暦正月7日(今年は2月13日)夜から翌日朝にかけて。