「。」が怖い若者(2024年2月14日『産経新聞』-「産経抄」)

 
文末の句点「。」に、若者は威圧感や恐怖を感じる

大相撲からプロレスに転向した力道山は、ハワイでの修行中に知人宛てのはがきを出した。「其(そ)の後御変り御座居ませんか私は御蔭様(おかげさま)で元気で毎日練習致して居ります故(ゆえ)御安心下さい又出発の際色々と御世話に成り厚く御礼…」

▼作家、井上ひさしさんの『私家版 日本語文法』から引いた。全文は10個の文からなり、途中で用いた記号は「。」が1つという。慣れてしまえば文面にうなずく人は多いだろう。「句点(マル)も読点(テン)もないのに文意は明瞭」とは井上さんの評価である。

和文にはもともと句読点がなく、新聞でさえ文末が「。」切れで統一されるのは戦後のことだった。その記号がいまは別の意味を帯びているというから驚かされる。例えばSNSで「少し遅れます」と送ってきた若者に対し、中高年が返信する「はい。」や「承知しました。」。

▼文末の「。」が威圧的だとして、若者の一部ではハラスメント扱いされている。SNSで短文を書くのに慣れ、句点を使う機会が減った副作用とか。職場の元若者に意見を求めると、「マルくらい付けろ」(60代男性)となぜかこちらが怒られた。

▼若者とのやりとりには、句点代わりに「!」や笑顔の絵文字を使えと専門家は言う。回りくどい長文や絵文字付きの文は「おじさん構文」という蔑(さげす)みの対象ではなかったか。SNSを介した世代間の距離は実につかみづらい。そこまで譲歩が必要なのか、という疑問も拭えない。

▼難しい時代である。きょうだけは句点に頼らぬ文章を―と心を砕いたつもりだが、慣れない作業ゆえ締め切り時間に脅かされ、結局はいつもの「おじさん構文」をお目にかけることとなった。ご不満を持つ一部の若い読者には我慢していただこう。悪(あ)しからず!