河野太郎氏「マイナカード持って避難」に能登から沸き上がる疑問 政府が「Suica」を配った理由(2024年2月8配信『東京新聞』)

 能登半島地震は、2年前からの強引な普及策によって、マイナンバーカードの全国普及率が73%(2023年末時点)まで上がってから初の大震災となった。かねて政府は、マイナカードを「災害避難の際に役立つ」と喧伝(けんでん)しており、今回はその実力が試されたわけだが、結果は、代わりにJR東日本Suica(スイカ)を活用する羽目に。被災の実情に合わないマイナ推し、どこまでやるのか。(宮畑譲、木原育子、安藤恭子

◆普及率7割でもカードは金庫「使い方が分からんがいね」

 「罹災(りさい)証明のための調査をオンラインで申請、予約した。持っといてよかったーと思ったら、結局、地区ごとに調査することになって、意味がなかった」
河野氏が避難時に携帯するよう求めているマイナンバーカード(一部画像処理)

河野氏が避難時に携帯するよう求めているマイナンバーカード(一部画像処理)

 こう振り返るのは、地震で大きな被害を受けた石川県穴水町の美容師、三柳昌美さん(49)。地震直後にガラスを踏み、足の裏を切った。数日後に病院に行った時は紙の保険証を出した。「田舎では使う機会がほとんどない。それに使えるのは、うちらの年代でギリギリなのでは。お年寄りには無理だと思う」
 総務省によると、石川県のマイナカード取得率は全国で11番目と高い。しかし、穴水町の男性(76)は「使い方が分からんがいね。持っとるけど、普段から使ったことなんかないよ」。男性は現在廃校の小学校に避難中。カードは金庫にしまったままで、避難した際も持ち出さなかった。「紛失したら弱るし、持ち歩くわけにもいかん。この辺りの年寄りはみんな一緒やろう」
 そんな現地の状況とは裏腹に、マイナカード普及を強引に進めてきた河野太郎デジタル相は地震発生当初から、避難者に「マイナのススメ」を説いてきた。まだ被災の全容が判明していない1月4日、自身のX(旧ツイッター)に「スマートフォンからマイナポータルにログインすることで…薬の情報を避難所等で医師と共有することができます」と投稿。

◆河野デジタル相が「マイナカード持って避難」呼びかけ

 その後も呼びかけ続け、19日には、Xで「17日までにマイナポータルから罹災証明書のオンライン申請された件数は合計4957件に」とアピール。23日の会見では「マイナンバーカードはタンスに入れておかないで財布に入れて一緒に避難して」と呼びかけた。
オンライン記者会見で「マイナカードを持って避難を」と語る河野デジタル相

オンライン記者会見で「マイナカードを持って避難を」と語る河野デジタル相

 だが一転、26日には避難者にJR東日本交通系ICカードSuica(スイカ)」を配布し、被災者支援にあたる考えを表明した。何があったのか。
 県によると、現在、1次避難所周辺での避難者の状況把握が課題という。避難所を転々としたり車中泊をして、物資だけ受け取りに来る避難者もいる。県の集計では7日現在、1次避難所は267カ所で避難者は7297人。
 県デジタル推進課の番匠啓介課長は「本来はマイナンバーカードで把握したかったが、持っていない人も多く、カードリーダーに不具合が出る恐れもあった。電気も復旧していない所もある中で現実的な選択肢ではなかった」と話す。

◆スイカで避難者数や物資の受け取り状況を把握

 そこへデジタル庁が、「JR東日本さんに提案いただいた」(同庁担当者)として、スイカ活用を提案した。スイカに避難者の住所氏名、生年月日、連絡先などを登録。避難所を訪れるたびに、カードリーダーで読み取り、各避難所の避難者数や物資の受け取り状況を把握するという。
 JR東日本が無償提供するのはスイカ2万1000枚とカードリーダー350台。7日には先行して石川県志賀町の2カ所の避難所に設置された。
医療機関に設置されたマイナンバーカードを読み取るカードリーダー=浜松市で

医療機関に設置されたマイナンバーカードを読み取るカードリーダー=浜松市

 デジタル庁の担当者は「課題解決へのスピード感が必要で、スイカで代用した」と説明。番匠課長は「マイナカードの再発行には時間がかかるし、今できることをということで…。将来的には、仮設住宅孤独死を防ぐための状況把握などに使えるかもしれないが、具体的には何も決まっていない」と話した。

◆東北の被災経験者からは疑問の声

 政府はこれまで、地震や噴火などの広域災害の際に、スマートフォンの避難者アプリとマイナンバーカードを使う「マイナ避難」を行うことで、避難所の入退所の受け付けや、運営報告書の作成などの行政手続きが効率化できる、とうたってきた。
 デジタル庁は昨年12月、神奈川県小田原市で行われた実証事業の結果を公表。避難所の受け入れ手続きの所要時間が、被災者が紙へ記入する場合と比べて10分の1に短縮したほか、参加者の約8割がアプリを通じて自分や家族の健康状態をタイムリーに行政に伝えることができたと回答したという。一方で、細かい要望はあまり伝わらなかったという意見もあったとした。
 東北電力女川原発宮城県女川町、石巻市)の重大事故に備え、今年1月に行われたマイナ避難の訓練を見学した元女川町議の高野博さん(80)は「東日本大震災でも通信は途絶え、避難所が停電した。そもそもスマホにアプリを入れていない高齢者も多かった」と実効性を疑問視する。
 そもそも原発事故が起きれば、町外へ避難する住民には放射線量の測定や除染が求められ、すぐには避難所にも入れない。「平時ならともかく緊迫する複合災害で、マイナカードが役に立つという場面が想像できない」と首をかしげる

◆医師らは「災害時はカード、保険証なくても大丈夫」

 「災害時は『保険証』も『お薬手帳』も『マイナカード』もなくても大丈夫!」—。1月23日の河野氏の会見を受けて、約10万7000人の医師・歯科医師でつくる全国保険医団体連合会(保団連)は、ウェブサイトで注意喚起を行った。
 能登半島地震で自宅の全半壊などの被害を受けた被災者は現在、保険証が手元になくても、医療機関で氏名や生年月日、加入している医療保険などを口頭で伝えることで、窓口支払いの免除や猶予が受けられる措置が取られている。
石川県輪島市の避難所=1月11日

石川県輪島市の避難所=1月11日

 「被災地の病院では停電や通信不通が発生し、マイナ保険証も使えなかったのに、カードと一緒に避難を呼びかける河野氏の発信は、現地の状況を見ていない」。本並省吾事務局次長はこう受け止めたという。
 確かに、治療中の被災者が広域避難などでかかりつけ医以外から診療を受ける際、禁忌薬の処方などを避けるため、既往歴や薬剤情報を把握しておく必要はある。昨年4月から医療機関に導入が義務付けられた「オンライン資格確認システム(オン資)」から患者のマイナ保険証を読み取ることで、薬剤情報などを得られる利点がある。

◆災害に便乗しての「マイナ」アピールに違和感

 ただし厚生労働省は1月19日、石川県などの被災地についてマイナ保険証がなくても患者の同意の下、医療機関がオン資による検索で薬剤情報を把握できるとの通知を出している。併せて石川県国民健康保険団体連合会(国保連)が保有する患者の罹患(りかん)情報も医療機関に提供可能とした。本並氏は「いざという時には被災者に負担がかからないように、支援する国の側も何重にも仕組みを用意していくことが大切」と語る。
 東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は「災害時には何も持たなくても『命を持って逃げろ』というのが原則だ。マイナカードを探している間に、津波が襲ったらどうするのか。河野氏の呼びかけは災害の危険を理解しておらず、誤ったメッセージになりかねない」と危ぶむ。
 マイナカードは普及したといっても、なお4人に1人が持っていない状況。「災害に便乗してマイナカードをアピールしているようで奇妙だ。混乱の中で刻々と変化する状況に対応するのが災害支援。デジタル化で効率化するのは良いがそれに頼りすぎて、被災者一人一人を見て医療支援や避難所運営にあたる、という現場の視点に欠けている」

◆デスクメモ

 小田原市の実証事業では、避難所入所手続きがマイナカードだと26秒で済み、従来より約4分短縮できたそうだ。だが、命からがら逃げてきた避難者にとり、その4分にどれほどの意味があるか。その4分で「大変だったね」と話を聞きつつ手続きしてくれる方が、よほど心強いだろう。(歩)