ひとりっ子でも元気に介護は乗り切れるのか
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フリーエディターでライターの笹本絵里さんは50代。両親は二人とも都内で元気に暮らしているが、ひとりっ子で介護知識もないという。そんな笹本さんが参加したのが、2024年11月、ジュンク堂書店池袋本店にて開催されたにしおかすみこさんと高口光子さんとのトークイベントだ。
にしおかさんは2020年から認知症の母とダウン症の姉、酔っ払いの父と同居し、その様子を赤裸々に綴っている。実家に久々に帰ったときの変化を感じ、同居を始めた時のことを綴った『ポンコツ一家』、同居から2年目、認知症も酔っ払い具合もパワーアップした生活が赤裸々に描かれた『ポンコツ一家2年目』を刊行している。
にしおかさんが現在進行形で抱えている介護の疑問や悩みを、高口さんに問いかけたトークイベントでは、漠然とした不安を抱いているという笹本さんにも大きな気づきがあったという。それを綴った前編では、ふたりのトークを聞きながら思い出した、病院で一緒になった認知症らしき高齢の女性と、その娘さんとの会話から他人事とは思えなかったときのエピソードをお伝えした。
入院していることがわからなくなり、娘に電話をする。それはよくわかるけれど、何度切っても電話がかかってきたら、あなたはどうするだろう。
お嬢さんにも同調したという笹本さん。では、介護する人もされる人も元気がでるために必要なことは何か。後編ではどのようにサポートを受けるかという話から、深刻な現実も……。
ケアマネージャーとの最初の面談で家族が伝えるべきこと
撮影/安田光優
お母さんに介護認定がおりたにしおかさん家族は、これからケアマネージャーさんとの具体的なサポートに関する面談が始まる。
そこでまずは伝えて欲しいことがあると、高口さんは語った。
高口「家族は最初の面談で、認定された等級内で、どの程度のサービスが受けられるかなどを聞かれます。
でも、何よりも先に伝えて欲しいのは、家族がこれからどんな暮らしをしていきたいか、ということです。
例えばにしおかさんなら、まずはご自身が家族を重荷に感じず、健康で仕事がしたい、ということですよね。
そしてお母さんたちにはご飯を美味しく食べて欲しいし、お姉さんにはちゃんとお風呂に入って欲しいといったことでしょうか。
そしてお母さんとお姉さんをずっと一緒に生活させてあげたいですね。
忘れて欲しくないことは、にしおかさんご自身の幸せもしっかりと確保することです。
娘が自分の世話で嫌な思いをして、疲れ果てている姿を喜ぶ親なんていませんよ。いつだって、親は子どもの幸せを何よりも願っていますからね。
そのためにも公的なサポートをどんどん利用してください。ケアマネさんはそれらを聞いた上で、具体的なプランを提案してくれるはずです。認知症の方だけでなく、家族のためにも私たちはいるのですから。
それが結果的に、お母さんやお姉さん、お父さんの幸せに繋がります」
親の介護を想像して真っ先に思い浮かぶのは、日常生活のことだ。
子育てや仕事をする日々に介護が加わるのだから、当然、何かの時間を割かねばならない。
そこで削られるのは、きっと睡眠やプライベートな時間だろう。
友人とのランチやショッピング、習い事など、息抜きの時間を犠牲にして、親の介護をすることに、負担を感じないでいられるかと言われたら自信がない。そもそも、こうした思考を持つことさえ、後ろめたさを感じる。
だから自分の幸せを優先して、という高口さんの言葉は、私の心に潜んでいる罪の意識を少しだけ軽くしてくれた。
介護の法改正で起きている問題
撮影/安田光優
家族だけで介護を背負うわけではないのだ、と安堵したのも束の間、にしおかさんが眉間にしわを寄せて話し始めてくれた内容に、再び不安な気持ちが押し寄せる。
この問題に関しては、先にジャーナリストのなかのかおりさんが詳しく紹介している。
にしおかさんは、テレビのロケで幾つかの民間の介護施設を見学。どの施設もそれぞれ特徴があり素晴らしかった。ネットで調べるだけでなく、実際に足を運んだほうが、お母さんに合う施設選びができる気がしたと。一方で、どんなに良くても、にしおか家の経済事情では施設の利用料が高額で厳しい可能性があると話していた。
にしおか「では、ウチは在宅で見守るとして。最近、ちょっと気になることがあるんです。国の介護報酬全体は上がりましたけど、訪問介護は下がりましたよね?
ただでさえヘルパーさんの人数が減っているって聞くんですよ。それが更に加速しません? 例えば、ヘルパーさんが今まで週に3回、訪問介護に行けていたのに、人手不足で1、2回しか行けないとか、緊急の時にかけつけられませんみたいなことになりません?
私たち、サービスを利用したい側も、介護保険の自己負担が1割から2割になるかもとか、要介護1と2は介護保険から外れるかもとか。でも、65歳以上の介護保険料は上がってますよね。そうなると例えば、デイサービスに週2回行きたいのに、お金が厳しいから1回でってなりません?
保険料を支払っているのに、使いたいときにサービスが上手く利用できないんですかね」
高口「にしおかさん、素晴らしい! にしおかさんからこんなお話が出てくるなんて! 地域包括支援センターさえ知らなかったのにね」
にしおか「そうですよ!(笑)。今もわかってないことだらけですけど、でもだいぶ成長しましたでしょう? 我が家の幸せを確保するために必死ですから。受けたいサービスが自由に受けられなかったら、ウチはきっと在宅介護ではなく、在宅放置になってしまう!と思ったんです」
高口「この法改正で現場は困惑しています。そもそも介護保険は在宅介護を推進しましょう、ということで生まれたんですよね。
もし、在宅介護ができなくなったら、施設がありますからね、という趣旨だったのに、高額な月々の支払いを考えたら、入居させてあげられないご家庭も多いと思うんです。
だからと言って、在宅介護を優遇する支援が増えたかというと、その逆が起こっています。にしおかさんがおっしゃる通り、ヘルパーさんへの基本報酬が下がってしまいましたから」
にしおか「私は、自分が元気でなければ、家族を幸せにできないと思っています。本当にしんどくなったら、全部ぶん投げて逃げることも選択肢のひとつに入れています。
でも、できればぶん投げる前に、私の心に余力があるうちに、福祉の力、ヘルパーさんのサポートに頼りたいです。なんとかこれなら母と姉が生活できるという算段をつけたいです。それが整わないのに、その状態で、私は本当に逃げ出すことができるのだろうか?
ヘルパーさんに救われている方々ってホントにたくさんいると思うんです。そんな尊いお仕事をされている方々の報酬を下げたらダメでしょ。お給料をまずアップしてくださいよって思ってしまいます」
高口「介護保険は、女性ばかりが在宅介護の負担を背負っていた歴史の背景から生まれたのに、今回の法改正で逆戻りしてしまう可能性が出てきてしまいました」
法改正は3年ごとに大きな見直しがある。となると、次の改正は2027年になる。
超高齢化社会に突入する局面での、今回の法改正。果たして誰もが安心して介護生活を迎えられる社会は訪れるのだろうか。我が身のみならず、我が子に、次世代にだって負担はかけたくない。
高口「私にも解決法がわかりません。でも、とにかく声をあげ続けなくてはなりません。
まだ介護生活に向き合うことなく暮らしている人にとっては、他人事のように感じるでしょう。まずは利用している人たちが、積極的に声をあげて欲しいと思います」
親が子どもに送る、最後のギフト
最期の瞬間を見せること。それは親が遺してくれる贈り物なのかもしれない
高口「ご両親にとって嬉しいことは、我が子が自分のために、考えて考えて考えて決めてくれた、ということなんです。親にとっての深い願いは、親の老いに向き合うことで子供たちが自分の老いを悔いなく生きて欲しいということだと思っています。
例えば老衰で充分に食べられなくなった時、管(くだ)を入れて栄養を摂るか、管(くだ)を入れないで自然に弱るか、経管栄養にするとしたら管(くだ)を入れるのはお腹か鼻からかを家族が選ばなければなりません。子供が親の希望を思って決めたのなら、何を選んでも間違いということはありません。
そこで大事なのは、我が子が自分のために、一生懸命考えてくれた、ということだけなんです。
親を看取る経過に立ち会うことで、子どもは親がどんどん食べられなくなり、手の届かないところへ行ってしまう様子を目の当たりにします。
そこで老いるとは死ぬとは、そして親子とは家族とは何だろうとより深く自分のこととして思うことができます。
そして親が望んでいること、私にできることはなんだろうと懸命に考えますよね。その経験は、きっとあなたのその後の人生を支えてくれます。
それは目を閉じて、言葉さえ話せなくなった状況になってもまだ、親は最期に大切なことを教えようとしてくれているんです」
高口さんのこの話を聞き終えたとき、和やかだった会場の空気が少しだけ変わったように感じた。
それはきっと、誰もが誰かの子どもであって、幼き日の親との出来事を思い出していたからではないだろうか。
私も過去の思い出が蘇る。
母は風邪をひいて寝込んでいた私のおでこに手を乗せた。
「まだ熱が高いね。かわいそうに……。変われるなら変わってあげたいよ」
と呟いた。
それが本心だったことを、親になった今ならわかる。
◇このトークイベントでは、参加者から多くの質問も寄せられた。また改めてその質疑応答との時の様子もお伝えしていく。
文・イラスト/笹本絵里
笹本 絵里(ライター)