訪問介護の基本報酬引き下げ 政府の失策と介護難民続出の「確実な未来」(2024年5月22日『毎日新聞』)

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医療・介護・障害福祉関係団体との賃上げに関する意見交換の会合で発言する岸田文雄首相=首相官邸で2024年1月19日、竹内幹撮影
 今年度の介護報酬改定で、政府は訪問介護の基本報酬を引き下げました。在宅介護をどうするつもりなのでしょうか。ケアマネジャーの経験もある、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博さんに聞きました。【聞き手・須藤孝】
 
 
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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 ◇時間はあまりない
 ――介護の現場はどのような状況でしょうか。
 ◆要介護認定を受けても、在宅介護のヘルパーが見つかりません。見つかっても必要な時間が集中するため、希望通りには来てもらえません。ケアマネジャーも不足しています。
 サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)や有料老人ホームにはうまくいっているところもありますが、一部です。もともと人手不足ですが、コロナ後に他業種の賃金が上がったために、さらに厳しくなっています。
 ――超高齢化が進みます。
 ◆2035年団塊の世代が85歳以上になります。85歳以上になると、介護予防に励んでも年齢には勝てません。現在はまだ85歳以上の人数は少ないのですが、団塊世代はもとの人数が多いため、これからの10年は要介護者が急速に増えます。時間はあまりありません。
 ◇確実に増える要介護者
 ――確実な未来です。
 ◆防衛費を倍増するといいますが、ミサイルは飛んでくるかどうかはわかりません。要介護者は確実に増えます。このままでは介護難民が続出します。
 その子どもの50代、60代の人の介護離職が増えることも目に見えています。この人たちが働けなくなると日本経済も、社会保障全体も危うくなります。国家の危機です。
 大学生でもわかることなのに、政治が判断できないことに危機感を覚えます。政治家のリーダーシップが欠けています。
 ◇政策的な失策
 ――訪問介護の基本報酬を引き下げました。
 ◆政策的な失策です。政府が掲げてきた地域包括ケアシステムは、在宅介護を基本として、サ高住や施設を利用するものです。引き下げはその理念に反します。がんばって地域を支えているヘルパーが一番、困ります。
 ――政府は訪問介護の利益率が高いからと説明しています。
 ◆地域できめ細かな仕事をしているヘルパーより、サ高住のような集合住宅型のほうが利益率は高くなるのは当然です。下げたいというなら、基本報酬を維持したまま、集合住宅型の減算を強化したほうがまだよかったのです。報酬体系を地域密着型と集合住宅型で分けるべきでした。
 ◇在宅介護は維持できるか
 ――在宅介護は維持できますか。
 ◆施設は必要ですが、要介護度が低い場合は、地域で暮らしたほうが幸せです。介護保険はそうした理念で導入されたはずです。人手や財源の問題でできなくなるというなら、施設介護中心に転換すると宣言すべきです。
 基本的には重度化すれば施設に入ってもらい、おカネのある人は自費でヘルパーを雇ってくれと言うべきです。
 施設介護に転換すると言えば施設を充実させることになり、最低限の介護は政府が保証することになります。しかし、実際はなにもせず、施設も充実せず、介護難民が増える未来が近づいています。
 ――地域のきめ細かな在宅介護は社会保険を媒介にした市場原理のもとでは難しい面があります。
 ◆一部、介護職員を公務員化すべきです。介護や福祉を地方の公共事業にします。田中角栄元首相がやったことを介護・福祉でやるのです。地方の介護職員の賃金の方が、東京より高くてもいいのです。若者の流出も防げます。たとえば、高速道路や新幹線などの公共事業をあきらめればおカネはあります。
 ――今から間に合いますか。
 ◆この20年のツケは大きいと思います。手遅れかもしれませんが、最悪の状態を防ぐことはできます。政治が決断すべきです。(政治プレミア)